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【第1回 アフガニスタン】「人間は喜ぶために生まれてくる」 ほほえみは天使がささやくから 戦乱の地で母に生きる力

マリアムの腕の中でほほえむ生後2日の新生児サヘール。炭で描いた目の周りの化粧は魔よけだ。胸の丸い紙には生年月日と両親の名前などが書かれている=カブール(撮影・安井浩美、共同)マリアムの腕の中でほほえむ生後2日の新生児サヘール。炭で描いた目の周りの化粧は魔よけだ。胸の丸い紙には生年月日と両親の名前などが書かれている=カブール(撮影・安井浩美、共同)

 パシュトゥン人は山の民だ。ハルティー一家は本当の海を見たことがなかった。ただ、さざ波が浜を洗う光景をテレビで見て、平穏とはこのようなものなのだろうと、漠然と感じていた。

 長女マリアム(27)が昨年、男の子を生んだ。マリアムの父ムヒブラ(43)は、水辺を意味するサヘールという名前を付けた。今度こそ静かな日々が訪れますように。誰もが同じ思いをかみしめていた。

▽逃避行

 18年前のことだ。一家はアフガニスタン北部のクンドゥズで暮らしていた。ムヒブラがトラックの運転をして11人を養っていた。決して豊かではないが、穏やかな生活だった。「あの男たち」がやって来るまでは。

 「ターバンを巻き、ひげが長い男たちが無言で家に入ってきました」。マリアムは、イスラム原理主義勢力タリバンの兵士が乱入してきた夜の恐怖を忘れない。「何でも持ってゆけ。命だけは助けてくれ」。ムヒブラは懇願した。男たちは家畜を殺し、室内を物色して去った。他の家では抵抗した者が殺され、男子がさらわれた。兵士にするためだ、と後で聞いた。

 「いつか殺される」。一家は逃避行の旅に出た。イランのイスファハンに落ち着き、数年の歳月が過ぎた。ムヒブラは建設現場で働いた。マリアムはクンドゥズから出稼ぎに来たユスフと結ばれ、一緒に故郷に戻った。

 ユスフは地元の警察に職を得た。タリバン政権は既に崩壊していたが、勢力を盛り返そうとしていた。夫はタリバンから治安を守る立場にあった。「出てゆけ」。闇に紛れて自宅に脅迫状が舞い込んだ。「夜の手紙」はタリバンによる死刑宣告とみなされていた。

 夫婦は1男1女に恵まれた。2015年秋、ユスフは検問所で夜警の任についていた。マリアムは携帯電話で3人目の妊娠を告げた。「今日は早く帰るよ」。夫の弾んだ声が耳の底に残る。

 タリバンが検問所を襲ったのは、その直後だった。上官は首を切り落とされた。夫は拉致され、消息が絶えた。

▽壁の街

自爆テロで多数の死傷者が出た交差点を走行する武装した警察車両。空中には監視カメラの付いた飛行船(中央右上)が浮かんでいる=カブール(撮影・安井浩美、共同)

 「お父さんはどこ?」。9歳の息子が尋ねるたびに、胸が締め付けられた。マリアムは2人の子供を連れ、再び故郷を離れた。ムヒブラは家族を伴い既に帰国し、カブールで暮らしていた。マリアムを迎え、肩を寄せ合う生活がまた始まった。

 コーランの詠唱が響く。青空が砂嵐で濁っている。タリバンの自爆テロを防ぐため、政府の建物やホテルを、高くて厚いコンクリートが囲む。カブールは、ものものしい「壁の街」と化していた。上空には政府の飛行船が雲のように浮かび、常に地上を監視している。

 中心部の国立マラライ産婦人科病院は、カブールに一つしかない出産専門の施設だ。カタユン副院長は「この10年でカブールの人口は100倍になった感じ」と言う。だが、ベッドの数は増えない。「この病院では一日に約120人も生まれます。分娩(ぶんべん)台が足りなければ、床で出産です」。24時間、産声が絶えない。

 マリアムが産気づいた時も、病院は戦場のような騒ぎだった。サヘールは7月11日午前11時34分に生まれた。3度目の帝王切開だった。夫は生死も不明だ。育てられるのか。「妊娠したことが腹立たしかった」。周囲がいぶかしむほど、心と体をこわばらせていた。

▽天使のささやき

 一夜が明けた。ふと気がつくと、サヘールが腕の中でほほえんでいる。古い言い伝えを思い出した。赤子が笑うのは、天使が耳元で「母さんが乳をくれるよ」とささやくからだ。泣くのは、天使が「母さんは死んだよ」と、意地悪を言うからだという。喜びも悲しみも神様が教えてくださる…。「この子と一緒に、もう少し生きてみよう」。そう思った。

 生後間もない子が、目もよく見えず、言葉も分からないのに、自然に浮かべる微笑は、一人では生きられない人間が、母の愛情を呼び覚ます本能の現れともいわれる。

 マラライ病院の新生児室では、このような笑顔が昼夜を分かたず、無数に浮かんでは消える。人生で最初の笑みは、無力な赤子が懸命に咲かせる「命の花」だ。

 だがこの国では、5歳までに10人のうち1人が死んでしまう。ほほえみの代償として、親の愛情を十分に受け取れる子は、決して多くはない。低い医療水準や貧困が理由だ。都市では避難民の帰還や、戦乱で疲弊した地方からの人口流入で、医療や育児をとりまく状況は著しく悪化している。

自宅でお兄ちゃんに微笑みかけるサヘール=カブール(撮影・安井浩美、共同)

 サヘールはことし1歳になる。自宅では家族の誰かが、いつも顔をのぞき込んで、あやしている。「人間は喜ぶために生まれてくるんだよ」と教えているかのようだ。サヘールが笑えば、大人も笑う。どちらが教わっているのか、分からなくなってくる。

 (敬称略、共同通信・松島芳彦)=2017年01月11日

天へのまなざし

 神を信じる者のまなざしは天に向く。古い言い伝えは、新生児の耳元に舞い降りる天使の姿を見いだし、自爆テロへ赴く者は、殉教こそが天国への道であると考える。

 命の不思議や極限の死に向き合う時、人間は神の意思を探ろうとするのかもしれない。

 2001年までほぼ5年カブールを支配したタリバンは、歌舞音曲を禁じた。そのような生活が、神の意思だとされた。

 だが人々が心から受け入れたわけではない。タリバンが去ると、音楽とにぎわいが、すぐによみがえった。生きる喜びを押し殺すことはできない。自爆の瞬間に、歓喜の笑いは訪れるだろうか。