日本の実力 第6部 食

第1回 宇宙食

 その国の文化の奥行きを端的に示す「食」。すしやてんぷらは今や世界の共通語となったが、食べることをめぐり、日本ではぐくまれた新しい技術や伝統の作法にも注目が集まる。民族や風俗の違いを超え世界が認めた“日本食”の現在を探った。

 地上から約400キロの国際宇宙ステーションでことし4月、人類初とみられる宇宙飛行士らによるすしパーティーが開かれた。ネタのホタテや漬けマグロは、刺し身を丸ごと凍結乾燥したフリーズドライ食。「宇宙で、すしを握りたい」。野口聡一(のぐち・そういち)さんのたっての希望をかなえたのは、日本の南極観測隊が極地の厳しい環境で過ごすために考案した“技術”だった。

テント

 ちょうど3カ月前、地吹雪が吹き荒れる南極大陸

主な南極発フリーズドライ食

南極の「食」技術、宇宙へ 好評だったすしパーティー

日本の南極観測隊が考案し、宇宙にも持ち込まれたのと同型のフリーズドライ食(共同)

国際宇宙ステーションでフリーズドライ食を楽しむ(手前右から)山崎直子さん、野口聡一さんら=4月(NASA提供)

の真っただ中。第51次南極観測隊の隊員らは岩に残されたわずかな痕跡を観測し、数百万年前の氷の動きを 推定するミッションに当たっていた。氷点下10度を下回る外気の中をスノーモービルで動き回り、テント生活は3カ月間に及んだ。

 冷えきった隊員の体を温めてくれたのは、湯気を上げる石狩鍋やステーキ。お湯を注ぐだけのフリーズドライ食だ。テーブルには刺し身も。「おいしい物を食 べたいのは南極も同じ」。東京の国立極地研究所で食料を担当する元観測隊員の野元堀隆(のもとぼり・たかし)さん(58)が話す。

 隊員の要望に応えようと、極地研はこれまでのレトルト食品や冷凍食品に加え、南極に持っていく新たな食料の検討を重ねてきた。保存性や簡易性に優れるほか、長距離を移動するため軽いことが条件になる。

アイディア

 「料理を丸ごとフリーズドライにしてみよう」。突拍子もないアイデアが出された。長野県のメーカーに問い合わせてみたが、最初は「聞いたことがない」とにべもない反応。頼み込んで、隊員らが作った約千食分の料理をフリーズドライ食に加工してもらった。

 漬けマグロの重さは100グラムから25グラムに減った。北海道礼文島産のウニは色、形、大きさはそのままで、水で戻すと味もほとんど変わらない。「何よりも味を重視した」。野元堀さんが明かす。

 「きめ細やかな味でおいしかった」と宇宙ステーションで口にしたすしの味を山崎直子(やまざき・なおこ)さんが振り返る。「米国人もロシア人も、とても

楽しんでくれました」と野口さんも満足げだ。着物姿の山崎さんや野口さんがパーティーで振る舞ったすしは、各国のクルーに好評で迎えられた。

 「Botan shrimp water21℃、20ml、1min」。調理法が印刷された袋に入れられたパックに、チューブで21度の水を20ミリリットル入れる。待つこと1分間、北海道羅臼産ボタンエビの刺し身がたちまち出来上がる。

ボーナス

 安全性や保存性について厳しい条件が決められている「宇宙食」。冷蔵庫に入れなくても1年以上保存可能で、プラスマイナス50度の温度に耐え減圧検査にもパスしなければならない。食べるときに散らばって計器への障害を与えないよう主にビニールパックに詰められる。

 野口さんは昨年12月、「宇宙ですしを握って日本の味を広めたい」と宣言。実はこれに先立ち、茨城県つくば市にある宇宙航空研究開発機構で、南極観測隊が開発したフリーズドライ食を試食していた。

 満足できる味に「ぜひ、宇宙に持っていきたい」と強く希望したが、宇宙食として認められるには機構による承認が必要になる。結局、宇宙食とは別に、宇宙飛行士の好みに応じて持ち込みが許可される「ボーナス食」として持ち込み、すしパーティーが実現した。

 来年、宇宙に向かう日本人宇宙飛行士古川聡(ふるかわ・さとし)さんも持参を検討している南極発のフリーズドライ食。「おいしい宇宙食」として定着する日がくるかもしれない。(沢野林太郎共同通信記者)

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