日本の実力 第12部 繊細さ

第3回 水事業

 紙コップに注がれた水は塩味が一切しない。市販のミネラルウオーターと遜色ない、おいしい水だ。沖縄本島の中部にある海水淡水化センター(沖縄県北谷町)で浄化された水を飲んだ。地上4階地下1階建ての青い海を望む施設で、沖合200メートルから採取した海水が真水に変わる。

 沖縄は水不足に悩んできた。給水制限のない生活は県民の夢だった。人口や観光客の増加で、水需要は1972年の本土復帰時と比べ2倍以上になった。

 浦崎善弘(うらさき・よしひろ)センター長は「本格稼働した97年以降は、本島で一度も給水制限を実施していない。本島の水需要の約10分の1を支えることができる」と胸を張る。

 浄水に使うのは、極めて小さい穴がある膜を何重にも巻いた直径約20センチ、長さ約1メートルの筒だ。筒に1平方センチ当たり60キロという強い圧力をかけると、膜でろ過された真水が、筒の

浄水の仕組み

超微細な穴で海水浄化 新興国、有望市場に

海水を真水に変える海水淡水化センター=沖縄県北谷町(共同)

中心にあるパイプに向かう仕組みだ。センターには計約3千本の筒が高く並ぶ。

 膜そのものは極めて薄く、表面はつるりとした感触だ。ナノ(10億分の1)メートルより微細な穴があいた膜だ。東レが繊維で培った化学の繊細な技術を結集して製造。浄水施設が急速に普及する新興国市場を狙う。

宇宙か水か

 東レは68年から浄水処理膜の研究に取り組んだ。ケネディ米大統領が宇宙開発と並んで、海水の淡水化を重点技術として取り組むことを表明したのがきっかけで、有望市場になると判断した。

 琵琶湖近くにある東レの地球環境研究所(大津市)。研究者が膜でろ過した水を特殊な機械で分析する試験を続ける。

 穴は電子顕微鏡でも見ることができない小ささ。東レ関係者は「膜にできた穴の小ささは確認する方法がなかった。実験を繰り返しながら手探りで調べるしかなかった」と苦心を語る。穴の小ささと、どれくらい浄化ができるかの関係が2006年に明らかになり、開発は大きく前進した。

 膜は、愛媛県松前町にある東レの工場で製造する。原料となる化学物質を薄く塗り重ねる。この過程で起きる化学反応により、極めて小さい穴ができる。穴を一定の間隔であけることが品質の鍵を握る。温度などの条件やタイミングを精密に調整することが必要だ。

中国、砂漠でも

 中国経済の中心、上海市。家庭の浴槽に湯をは

ると、白い湯船は黄色くなり、臭いがする。

 東レは水の汚染が深刻な中国での生産も強化。膜は上海市近くの島で海水を飲み水用に処理する施設や、砂漠化が深刻な内陸部の工業団地にある工業排水を再利用する施設でも使われている。

 砂漠の中で経済発展を目指すアラブ首長国連邦(UAE)や、アフリカで発展が著しいアルジェリアでも、膜技術が暮らしや経済発展の下支えをしている。

 東レの水処理事業部門の下山哲之(しもやま・さとし)部長は「急成長した新興国を中心に大型化した海水淡水化プラント建設が05年ごろから相次いだ」と話す。半導体や精密機器の製造工程でもきれいな水が必要なため、施設も増えた。

 技術革新によるコスト低下も施設の普及を後押しした。真水を安くつくるため省エネが課題だったが「エネルギー効率と、膜の浄化能力は(膜開発当初の)約40年前と比べそれぞれ10倍も改善した」という。

 世界の微細な膜の市場は急速に拡大。日本の東レや日東電工、米ダウ・ケミカルの3社が軸となり競う世界の膜市場は09年度は約500億円だったが、15年度には1千億円を超える見込みだ。

 浄水施設の生命線である膜を日本企業が抑える意味は大きい。ただ、富士経済の岩崎圭吾(いわさき・けいご)研究員は膜も含めた浄水施設の市場は約1兆円規模に成長したが、膜以外で日本勢の影は薄いと指摘。「膜メーカーとプラント建設企業が協力し日本連合として世界で受注を目指すべきだ」と強調した。(番場恭治共同通信記者)

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