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「祈りよ力に」(10) 「フィリピン・マニラ」

黒きキリストにすがる 治癒祈願の祭りに殺到 病で地をはう困窮も

「ブラックナザレ」の祭りで、病気回復など奇跡を起こすと信じられている黒いキリスト像(中央上)に触れようとする人々。マニラ湾沿いからキアポ教会までキリスト像が練り歩く祭りには、約20万人が集まった=マニラ(撮影・遠藤望、共同)

「ブラックナザレ」の祭りで、病気回復など奇跡を起こすと信じられている黒いキリスト像(中央上)に触れようとする人々。マニラ湾沿いからキアポ教会までキリスト像が練り歩く祭りには、約20万人が集まった=マニラ(撮影・遠藤望、共同)

 大型旅客機のごう音が低空で何度も響いた。フィリピンのマニラ国際空港に近い住宅地。細い路地沿いの2部屋のアパートで、26歳のジュリアン・ブレナンは6歳の娘、姉、母の4人で暮らす。一家で収入があるのは大手電話会社に勤める35歳で独身の姉だけだ。

 「看護師になりたかった」ジュリアンは実際、2年前まで看護学校生だったが、姉の支援だけでは年間6万ペソ(約15万円)の学費を払い続けることができず、休学中だ。

 童顔で年より幼く見える彼女はケラケラとよく笑う。それなりに深刻な身の上話も、きのう見たテレビドラマの筋書きを言うかのように、あっけらかんと打ち明ける。

 娘の父親に妊娠を伝えた直後「浮気をされ、別れた」こと。その彼が「2年前に酒場でけんかの末に銃で撃たれ、24歳で死んでしまった」こと。化粧品の訪問販売、不動産営業など何度か仕事に就いたが「ぜんぜん売れず、すぐ辞めた」こと。

 ▽一族で支え合う

 そんなジュリアンが、さすがに深刻な表情になったのは持病の話のときだった。1年ほど前から若年性の糖尿病を患っている彼女は、身長150センチで以前は48キロほどだった体重が一時、36キロまで落ちた。インスリン投与で体調も体重もかなり回復したが「薬代が毎月4千ペソ(約1万円)かかる。姉の負担が大変」。娘が病弱なこともジュリアンの悩みで「ぜんそくがひどく、ときどきせきに血が混じる」。娘の話では目に涙も浮かべた。

 年率7%前後の成長が続く好調な経済をてこに、ベニグノ・アキノ政権は公的保険制度の拡充を進めているが、日本のような処方箋薬も含めた国民皆保険制には至っていない。ゆえに庶民が窮地に陥るのは自身や家族が重い病を患ったときだ。

 家族はもちろん、遠方の親戚とも支え合うことが普通のこの国では大抵はなんとかなる。500万人以上といわれる海外就労者ら一族の「稼ぎ頭」が工面する場合も多い。

 だが、まれに身寄りがない者もいる。そういう者が病を抱えると地をはうような困窮に陥る。

 56歳のアニータ・フエンテスはマニラのスラム街トンドで、隣家の横の路地に天幕を張り、折り畳みベッドを置いて暮らす。変形性関節症で手足の指は折れ曲がり、ほとんど物を持てず、歩くこともできない。呼吸器障害もある。

 両親と兄は既に死去、残る2人のきょうだいのうち妹とは疎遠、一緒に暮らす弟には知的障害がある。子がいないのは「トンボイ(レズビアン)だから」と打ち明けた。

        トンド総合病院へ診察に向かうため、近所に住むネナ(奥)に車いすに乗せてもらうアニータ・フエンテス。変形性関節症で痛みに顔をゆがめた=マニラ(撮影・遠藤望、共同)

トンド総合病院へ診察に向かうため、近所に住むネナ(奥)に車いすに乗せてもらうアニータ・フエンテス。変形性関節症で痛みに顔をゆがめた=マニラ(撮影・遠藤望、共同)

 ▽車いすで物乞い

 アニータは「慈善家にもらった」車いすに乗って週3度ほど近くのキアポ教会に行く。スペイン植民地時代の16世紀創建で、高い鐘楼がそびえるこのカトリック教会は、病気治癒祈願の教会として有名だ。教会前には十字架やキリスト像を刷った布とともに「万病に効く」とうたった怪しげな液体を並べる薬売り、タロットカード占い師などの屋台がひしめく。

 アニータが通うのは病気治癒祈願よりも物乞いのためだ。変形した指を差し出して、1日200ペソ(約500円)ほどの施しを受け取る。車いすを押すのは近所に住む51歳のネナ。「気の毒なので一緒に来る」という。

 施しだけでは食べ物にも事欠くアニータにネナは食事の余りも届ける。5人の子がいるネナもぎりぎりの暮らしだ。流れがほとんどないドブ川沿いの一間の家はすえたにおいが立ちこめていた。

 病を抱える極貧層は無料で入院治療を受けられる制度がフィリピンにもある。しかし、アニータは「入院だけは嫌だ」と泣きそうな顔で拒む。「入院したら二度と外に出られなくなる」と言い張るのだ。ぜんそくで息も絶え絶えなのに。

 しぶしぶ診察には同意した彼女を近くの公立トンド総合病院に連れて行った。診察は無料だったが、病院の薬局は、せきと痛み止めの処方箋薬代約400ペソ(約千円)は全額請求した。

 歩けなくなる前までアニータはたばこ売りなどの仕事をし、ちゃんと屋根のある家に住んでいた。「両親と毎日食卓を囲んでいたころが人生でいちばん幸せだった」

 ▽祭りの狂気

 キアポ教会には「ブラックナザレ」と呼ばれる年に1度の祭りがある。キリスト像をかついでマニラ湾から教会までの町中を練り歩く祭りで、名はキリスト像の肌が黒いことに由来する。

 1月9日の早朝、その祭りは始まった。午前6時、既に広場には数万人の群衆が集まっていた。キリスト像に触れると、自分や家族の病気が治ると信じられており、人々は必死の形相でキリスト像に近づこうとする。死者が出ることさえある激しい祭りだ。

 みな押し合い、何かを叫ぶ。叫びが祈りか悲鳴かも分からない。手が触れなくても、手にした布が触れれば、奇跡が起こるとされ、何枚もの布が黒きキリストをめがけて宙を舞う。

 狂気さえ漂う群衆の中に、ジュリアンやアニータ、ネナに似た顔を見たような気がした。(共同通信編集委員 石山永一郎)=2014年03月12日

メモ

日本も医療人材の流出先

 アキノ政権は2013年度の医療関連予算を約500億ペソ(約1250億円)と10年度比で倍増させた。「高質で手頃な医療をすべての国民に」をスローガンに掲げるが、現状は「まだほど遠い」(フィリピン大教授ハイメ・タン)。千人当たりの乳児死亡率は29人(03年)が22人(11年)に低下したが、妊産婦死亡率は10万人当たり162人(06年)から221人(11年)に上がった。

 医師の平均月収が日本円で12万円、看護師が6万円ほどのため、看護師を中心に優秀な人材ほど海外に出てしまう問題も。流出先には近年受け入れを始めた日本も含まれる。トンド総合病院の現状は、看護師1人当たり入院患者が58人(日本の基準は15人まで)だった。