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「祈りよ力に」(9) (フィリピン・レイテ島)

弱者を追い続ける悲劇 台風後、夫の薬物再び 子と別れ、見失う未来

台風30号で打ち上げられた船が残る被災地で、大きなボトルの水を運ぶ男の子。高台にある水道から、トタン板を寄せ集めて建てた自宅まで、歯を食いしばって運ぶのが日課だ=フィリピン・レイテ島タクロバン(撮影・遠藤望、共同)

台風30号で打ち上げられた船が残る被災地で、大きなボトルの水を運ぶ男の子。高台にある水道から、トタン板を寄せ集めて建てた自宅まで、歯を食いしばって運ぶのが日課だ=フィリピン・レイテ島タクロバン(撮影・遠藤望、共同)

 日が落ちると辺りは真っ暗闇になった。雨雲の向こうには月があるのか。空には薄墨を引いたようなかすかに明るい筋が見えた。手前には真っ二つに折れたヤシの木が影絵のように立つ。

 昨年11月に巨大台風に襲われたフィリピン・レイテ島。中心都市タクロバンから車で1時間の町パロには、爪痕がまだ生々しく残っていた。家を失った人々は雨露を辛うじてしのぐバラックやテントの中で暮らす。

 「がれきの中からトタン板や柱を集めて2週間でこの家をつくった」。大工で47歳のディンネス・コラレスは言う。ここではがれきも復興の資材として重宝されていた。

 家の中は4畳半ほどの土間と6畳ほどの板の間だけ。立ち上がると頭をぶつけるほど天井は低かった。ディンネスはこの家で妻と14歳から8歳までの子ども4人と暮らす。電気も水道もまだ通じていない。炊事は薪、明かりはろうそく。唯一の文明の利器は携帯電話で、充電は近くの家の発電機を1回5ペソ(約12円)で借りる。

 ▽屋根に逃げる

 高潮の記憶を聞いた。「未明に家族の手を引っ張って屋根に引き上げ、一夜を明かした。朝になっても水は引かず、恐怖と喉の渇きで子どもたちは泣き続けた」。一時は屋根の上までしぶきが迫った水がようやく引き始めたのはその日の夕方だった。

 おば2人が亡くなったが、妻子や近所に住むきょうだいたちは幸い皆助かった。「ココナツの木材なら1本200ペソ(約500円)。なんとか30本買ってもっと広い家を建て直したい」。ろうそくの炎が照らすディンネスの頬には希望が芽吹いているように見えた。

 飢えや渇き、恐怖や混乱は去った。国際機関などの支援で食料や衣服は届いていた。だが、復興に心を向けられず、立ち止まったままの人もいた。

 パロのサンホアキン教会前には、台風死者の墓標が並ぶ。木ぎれで作った十字架。遺影。コーラのびんに差した花。そして遺体を埋めた盛り土。

 26歳のローズ・ファクトラナンは、父ロデリオの墓標の前にしゃがみこみ、十字を切っていた。父だけでなく、祖父、おば、いとこなど親族20人以上を失ったという。

 「これからどうやって生きていけばいいのか分からない」。うつろな目のまま、か細い声でローズは言った。悲しみの色合いが、どこか他の被災者と違って見えた。

 街道沿いのレストランで話を聴いた。父の死以上に彼女を打ちのめしていたのは、被災後に決定的になった結婚生活の破綻だった。タクロバンの夫の家を一人で飛び出してきたばかりという。

        連日の豪雨で冠水した集団墓地で祈るローズ・ファクトラナン。台風30号で亡くなった父親が埋葬されているが、雨に洗われて遺体が出てきてしまうことも。そのたびに「土をかけ直さないといけないのがつらい」と話した=フィリピン・レイテ島パロ(撮影・遠藤望、共同)

連日の豪雨で冠水した集団墓地で祈るローズ・ファクトラナン。台風30号で亡くなった父親が埋葬されているが、雨に洗われて遺体が出てきてしまうことも。そのたびに「土をかけ直さないといけないのがつらい」と話した=フィリピン・レイテ島パロ(撮影・遠藤望、共同)

 ▽覚せい剤

 15歳年上の夫ジミーはトライシクル(バイクタクシー)の運転手。夫との間には6歳の娘、3歳と1歳の息子がいる。「夫の元に残してきた3人の子をなんとか取り戻したい」と彼女は言った。

 19歳で長女を妊娠したのを機に結婚したローズが「泣かされ続けた」問題は、ジミーの薬物依存だった。3年前、ジミーは覚せい剤使用で逮捕され、2年間、服役した。フィリピン政府は覚せい剤の所持や売買に最高刑として終身刑を科しているが、貧困層を中心に常用者は後を絶たない。

 「服役中に別れるつもりだった。でも夫は『二度と薬物はやらない』と泣いて私に謝った。もう一度だけ夫を信じることにした」。出所後、ジミーは約束通り薬物と縁を切り、仕事に精を出すようになった。その「結婚後、初めての穏やかな暮らし」をローズから奪ったのは台風だった。

 「台風でトライシクルを流されて仕事を失うと、夫はまた薬物を始めてしまった」。ローズの腕をつかみ、引きずり回す。「子どもと逃げたらおまえを殺す」と耳元でわめく。被災後のストレスもあったのか、ジミーは以前の薬物使用時よりも暴力的になった。それでも夫の両親はジミーをかばい「子どもは渡さない」とローズに告げた。

▽失意に乗じる

 ローズの居場所は伝えない約束で住所を聞き、タクロバンのジミー宅を訪ねた。子どもを抱いて現れた彼に被災状況を聞くと「屋根の一部が吹き飛んだけど、家族は無事でよかった」と笑顔で言った。奥さんは?と聞くと「子どもを置いたまま出て行った」とだけ言った。愛想は良かったが、近所で聞くと、彼が薬物常用者であることは皆知っていた。

 災害による悲劇はしばしば弱者を追い続ける。レイテの状況を調査した米国際開発局(USAID)は、災害後の混乱や肉親を失った女性や未成年者の失意に乗じて「人身売買に等しい職業あっせんが行われる恐れが強い」と警告している。

 それでも、おば一家のバラックに身を寄せるローズは「仕事と住む場所がないと子どもを取り戻せない」と首都マニラかセブで仕事を探そうと考えていた。

 父の墓標には毎日訪れて花を替え「私に力を与えて」と祈る。その父は子や孫を先に逃がして最後まで家にとどまり、高潮にのまれたという。(敬称略、共同通信編集委員 石山永一郎)=2014年3月5日

メモ

かつての日米激戦地

 昨年11月8日にフィリピン・レイテ島などを襲った台風30号は、死者・行方不明者合わせて約8千人、家を失った人約400万人という甚大な被害をもたらした。レイテ島は太平洋戦争中の日米両軍の激戦地で、多くのフィリピン人も犠牲になった。パロは米軍のマッカーサー元帥が上陸した地点で、記念碑もある。

 高潮で陸に打ち上げられた大型船、がれきの山―。レイテ島の光景は、津波に襲われた東日本大震災の被災地とも重なって見えたが、復興の道筋には違いもあった。高台移転はあまり検討されず、被災民の多くは元の海沿いにバラックを建てて住む。電力などインフラ復旧のペースも遅い。