日めくり

過去の日めくりコラム一覧へ > >

▼05月30日
 ▽原爆、その三つの特徴と意味  長崎で被爆者の取材を続けていたとき、原爆についていろいろ考え、自分なりに行き着いたことがある。「原爆投下は初の核兵器使用であり、人類史上、画期的な意味を持つ」といわれる。では、人間の被害という点からは、どんな特徴と意味があるだろうか?  まず一つ目に挙げられるのは、爆弾の威力が大きく、それまでの兵器とは比べものにならないくらい大勢の人間が被害を受けるという点だ。たった1発の爆弾で数万人・十数万人が死亡する大量破壊・殺戮兵器。それが、アメリカをはじめ、各国がその後も核兵器開発を競う最大の理由でもある。しかし、人数だけでいえば、東京大空襲でも(1発の爆弾で…【全文を読む】

▼05月25日
 ▽「悲しき願い」    前にも書いたが、東日本大震災が発生してから、どこへ行ってもメディア批判を聞かされる。「政府や東電の尻馬に乗って、福島第一原発から漏れた放射性物質の影響を過少に伝え『原発は安全』という報道を無批判に垂れ流した」。荒っぽくいえば、こんなところだろう。それを肯定も否定もする能力が私にないことは前にも書いた。ただ、そうしたメディアへの圧倒的な批判には、情報の受け手が感じている、メディアとの「距離」が大きく影響しているように思う。  数年前、ブログのコラムを書いていたとき「マスメディアは市民の見方か?」というテーマを取り上げたことがある。結果は…袋だたきに近い形で反論され…【全文を読む】

▼05月16日
 ▽被爆者の涙  もう30年以上前、当時勤務していた長崎で原子力船「むつ」の取材をした。太平洋上で試験航海中、放射線漏れ事故を起こした「むつ」は修理をする港を求めており、長崎県佐世保市が受け入れに名乗りをあげていた。それに対し、被爆者たちは絶対反対を表明。彼らの多くは「原子力船も原爆も原理は同じたい」と語っていた。当時「人類と原子力平和利用は共存できない」というアメリカの学者の説が原水禁大会などで主流を占めていた。  私は被爆者たちに「あなた方は『被爆者援護法もつくらずに、何の平和利用か』と怒るべきだ」と言った。国家補償の精神に基づく援護法はまだできていなかった。しかし、私の意見に耳を…【全文を読む】

▼05月10日
 ▽この、どうしようもない違和感  少し自分のことを書いておかなければならない。「OB」というペンネームで分かるように、私は何年か前に現役の記者を“卒業”した。それでいて、今回の東日本震災で初めて「自分はもう記者じゃない」という事実を自覚した。それを認めるのは寂しかったが、なぜか同時にホッとした。「ああ、もう記者じゃないんだ。何をしてもいいんだ」。そんな感じ。そう気づくと、これまで組織の中で文章を書くのを逡巡してきたのが、それほど意味のないことに思え、コラムを書き始めた。  それでも「47NEWS」のサイト内のコラムだから、その立場に反したり掛け離れたりしたことは書けない。事件・事故に…【全文を読む】

▼05月02日
 ▽認識不足?  先週「浜岡原発を止めて」という主張が「感情的だ」と書いた。しかし、それは私の認識不足だったかもしれない。そう考え始めたのは、週末に「原発事故とメディア」という集会に行ったのがきっかけだ。  ジャーナリストや原発設計者らがそれぞれの立場から意見を述べたが、会場を支配していたのは「マスメディアは福島第一原発事故の実態を正確に伝えていない」という空気だった。「政府や東電の主張をそのまま流し、それほど深刻な事態ではないという認識を国民に植え付けている」。要約すればそういうメディア批判の論調だ。特に、原発から漏れた放射性物質の量について、政府・東電が「チェルノブイリ原発事故の1…【全文を読む】

▼04月25日
 ▽いまの「反原発」ってヘンじゃない?  もうだいぶ前のことだが、環境保護グループの人たちと徹夜で議論したことがある。彼らのほとんどは反原発派で、盛り上がったのは次のような話題だった。  「未開の生活をしている人たちが、もし現代文明に触れたら、それまでの生活と文明的な生活のどちらを選ぶだろうか」-。  いろいろな意見が出て、はっきりした結論は出なかったが、私は主張した。「双方を公平に比べることができれば、彼らのほとんどは文明的な生活を選ぶはずだ。それは、その方が安楽で快適だからだ」と。そのようにして人間は進歩してきたし、近代化とはそういうものだと私はいまも思う。  そのときそん…【全文を読む】

▼04月22日
 ▽ひょうたん島の子どもたち  ちょっと怖い話だと思っていた。山形県出身の作家、井上ひさしさんが共同執筆したNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の主人公であるサンデー先生と、秀才の博士やダンプ、チャッピら5人の子どもたちは、実は死者だったというのだ。この人形劇は1964年から1969年にかけて放送された。それから30年以上が経過した2000年9月に、井上さんが生まれ故郷の山形県川西町で講演し、この秘話を明かしている。  遠足を楽しんでいたサンデー先生と子どもたちは、ひょうたん火山の噴火で海に流されたひょうたん島に取り残されてしまう。島には政治家のドン・ガバチョや海賊のトラヒゲ、元ギ…【全文を読む】

過去の日めくりコラム一覧へ > >
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16