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日めくり

「望んで難民になる人などいない」

ビンセント・リーさん ビンセント・リーさん

 ビンセント・リーさんが祖母とともに、オーストラリアのシドニーに到着したのは1981年、15歳の時だ。祖国カンボジアのポル・ポト政権崩壊で始まった内戦から逃れ、安全な地で新たな人生を始めるためだった。「逃げ回る生活がこれで終わった」。難民収容施設で与えられた6畳ほどの個室でそう思った。

 センターでもりもりご飯を食べ、130センチしかなかった身長は、半年間で10センチ以上伸びた。生まれて初めて正規の学校に通い、英語の読み書きを学んだ。難民の友達の多くは学校についていけず脱落したが、学校清掃などのバイトをしながら高校を卒業。銀行に就職し、ためたお金でカンボジアに残る両親や兄弟ら8人の家族を呼び寄せた。職場の上司の勧めでさらに勉強し、名門シドニー大に合格。財政学で修士も取った。二度目の人生だ。「意志があれば達成できないものはない」と信じていた。

 時折、ポル・ポト政権時代や難民キャンプの夢を見た。ダム建設のために掘らされた穴の底で眠ってしまった時のこと。大雨の夜。死が日常の日々。はっと目を覚ますと、背中がじっとりと汗でぬれていた。

 オーストラリア人の友達に、苦難の日々を深く語ることはしなかった。話してみたことはあったが信じてもらえなかったからだ。普段は笑い合って過ごす友人から凄惨な過去の経験を聞くのは、豊かな社会で育った者には耐え難かったのかもしれない。

 2000年に仕事で来日し日本人女性と知り合い結婚。現在、東京都に住む。最近、半生を書いた本「Father Missed His Plane」(父は飛行機に乗れなかった)を英語で出版した。 その筆致とストーリー展開は読者を一気に引き込む。「難民になるとはどういうことか」を経験者側から示す貴重な資料でもある。家族との平和な暮らし、米軍の猛爆、10歳で迎えたポル・ポト政権時代、強制労働と飢え。タイの難民キャンプと鉄条網の中で暮らし―。執筆中に、何度涙がこぼれたか分からない。悔し涙だった。「ポル・ポト政権のカンボジアで何が起きているか国際社会は知っていたのに、なぜ助けてくれなかったのか」。望んで難民になる人などいない.のだ。
 
 出版は、オーストラリアの出版社に断られた後、「21世紀は出版も自分でできる時代」と、アマゾンの電子書籍端末キンドルに原稿を自力でアップロードした。「紙」版は、米国の会社とデータをやり取りして自費出版した。本の表紙には、母が守りぬいた家族のアルバムに貼られていた、子ども時代の写真を選んだ。電子版も紙版も、アマゾンで入手できる。日本語とフランス語の翻訳作業も進んでいる。

 ちなみに、出版を後押ししたのは中学生の長男だったという。世田谷区の英語のスピーチコンテストで「ある難民の物語」をなぞりながら各国の難民政策を説明し、最後に「この難民は私の父です」と堂々と語った。「難民の息子なんてことが知られたらいじめられるんじゃないか、と心配したんだけど」と、ビンセントさんは笑う。

 私には壇上の息子の誇らしげな表情が見えるような気がした。どんな苦難も乗り越えてきた父の知恵と勇気、努力と家族への思いは、確かに息子に伝わっている。

  (47NEWS 舟越美夏)