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日めくり

▽反省?言い訳?


 このコラムを書き始めたのは、去年の3月11日がきっかけだった。それから1年以上がたった。繰り返しておきたいのは、このコラムは共同通信と加盟社で構成するサイトの中にあり、その趣旨から著しく逸脱できないということだ。だが実際には、マスメディアも多くの事象について「社論」があるわけではない。例えば原発についても、極端な推進・廃止論以外なら、ある程度の主張は許容される。記者OBでマスメディアの端っこにいる私が、このコラムで書いているのもそういったことだ。やや異見かもしれないが…。


 こんなふうに書くのは、このところ、コラムの内容についてtwitterで書かれていることが少々気になるからだ。短い字数なので、意図の詳しいところは分からない。しかし、印象だけで言わせてもらえば、多くの議論が、課題を既存の枠に当てはめ、自分の得意な流儀で解釈しているように感じる。


 「マスメディアの姿勢に対する反省がない」という批判があった。現在のマスメディアがさまざまな問題を抱えていることはたしかだし、いま指摘されていることの大半は当たっていると思う。原発に関していえば、私もかつて、事故などを取材する記者クラブにいた。そうしたこともこのコラムに書いたし、反省はしているつもりだ。ただ、3・11以後、ある新聞記者が「いままで反原発運動に関心を持ってこなかった不明を恥じる」と書いたような反省とは、ちょっと違う。関心を持ってきた。ただ、それを十分に発信できなかったことを反省している。


 でも、それは記者だった私以上に、個々のマスメディアの問題だ。原発に限らず、私はそれなりの主張をしてきた。実現できなかったのは、私の力不足もあるが、本質的に組織や業界の問題だ。そのことで「個人として反省が足りない」と感じるとすれば、それはマスメディアを総体として「枠」でとらえているからだ。


 マスメディアにもさまざまな記者がいる。同業者でも眉をひそめるような人もいれば、良心的な人も。そのほとんどが、組織の中での個人の在り方を考えている。組織に順応している記者もいれば、抵抗している記者もいる。また、原発はたしかに重要なテーマだが、ジャーナリストの全部がそのことを日常的にフォローしたり関心を持っていたりするわけではない。それぞれが、自分が担当する分野で目の前の仕事に向かっている。


 それを「マスゴミ」と呼んで全否定するのは自由だが、そうした認識からは何も生まれないと私は考える(現役のとき、ブログで同じようなことを書いたら「傲慢だ」と集中攻撃された)。できれば、そうしたマスメディア内部での組織と個人の問題についても考えてほしいと思う。結局、言い訳のようになってしまった…。(2012年3月28日 47NEWS編集部 小池新)