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「船中八策」の不思議

 ▽「船中八策」の不思議 


 橋下徹・大阪市長率いる地域政党「大阪維新の会」が公表した、次期衆院選公約集が話題を呼んでいる。参院廃止の検討や首相公選制の導入など、内容が“過激”なためだが、会ではこれを維新版「船中八策」と呼んでいるという。


 船中八策とは、坂本龍馬が長崎から京都へ向かう船の中で考えた国家ビジョンだとされるが、疑義もあるようだ。それよりも、何かといえば龍馬を持ち出す、この国の政治家の神経は不思議としか言いようなない。たしかに船中八策には、大政奉還や国会の開設など、時代を先取りした項目もあるが、一方で「海軍力の増強」「近衛兵の創設」といった軍事的な提言もある。龍馬が仲間とつくった商社「海援隊」は、薩摩藩のために銃をグラバーから買っている。要するに外国商人と“結託”した武器商人(死の商人)だ。当時のことだから、おかしくはないとしても、龍馬は決して「平和主義者」ではなかった。船中八策を考えつく前の「いろは丸沈没事件」の処理交渉では、大藩和歌山藩を相手に「タフ・ネゴシエーター」ぶりを発揮して勝利する。しかし、これだって、万国公法を知らない相手に「ごり押し」した感は否めない。


 要するに、多くの人が龍馬の名前を挙げるのは、土佐の脱藩浪士でありながら、大藩薩長の仲を取り持って同盟をつくりあげたことに尽きるだろう。その根底にあるのは「小よく大を制す」という感覚だ。日本人はよっぽどこれが好きなようで、柔道の神髄もそうだとされる。歴史上の戦いでも、源義経の「ひよどり越え」、織田信長の「桶狭間」、日露戦争の日本海海戦など、どれも小勢力が大勢力をひっくり返しす図式だ。元寇のときだって、神風が小勢力の味方をしてくれた。そうした爽快感を信仰のように引きずった結果が、あの戦争で狂信的な「不敗神話」となり、惨めな敗戦につながったわけだが…。


 船中八策と名づけたのは、維新の会が、自身を政府や大政党に対する小勢力と位置づけているという意味なのだろう。しかし、龍馬は死んだが、土佐藩は明治維新後、薩長土肥の藩閥勢力の一角を占め、権力の座に居座り続ける。そっちの方を望んでいるのではないかと、ひねくれ者の私などは考えてしまう。(2012年2月15日 47NEWS編集部 小池新)