日めくり

過去の日めくりコラム一覧へ > >

▼02月07日
 ▽攻撃的なオタク  古い日本映画を見に、東京・京橋の国立近代美術館フィルムセンターに行くことがある。しばらく前、こんな光景に出合った。上映前、斜め前方の席で話をしていた2人連れの中年男性の1人に、青年が近づき、何か言葉をかけた。中年男性はけげんな表情を見せ、通りかかった制服の警備員に質問。答えを聞いて大きな声を出した。「えっ、アメもいけないの!?」。ようやく分かった。彼はアメをなめていて、青年に注意されたのだ。納得がいかないようだったが、それ以上は何も言わなかった。  フィルムセンターは「ほかのお客さまのご迷惑になりますので」という理由で「客席での飲食お断り」をうたっている。上映前に…【全文を読む】

▼02月05日
 ▽ある試験のこと  四半世紀以上も前なのでシラバスも残っていないが、たしか「現象学」という講義の期末試験のことだ。先生が(教授か講師か不確かなので先生と書く)いつまでも現れず当惑していたら「運動場で試験をするらしい」と出自不明の「ニュース」が流れた。  そこでグラウンドに移動(このあたりは自信がありません。前期試験であまりに試験問題が面白すぎたのでその時の教室の記憶と一緒になってしまい、最初から運動場にいたにもかかわらず、そうした記憶にすり替わった可能性もあり、申し訳ありませんが、とにかくグラウンドに歩いた覚えはあります)。やはり先生は来ない。どれくらい過ぎただろうか。今度はどこから…【全文を読む】

▼01月31日
 ▽みんな相撲が好きだった  約半世紀前、大相撲は今よりはるかに人気のあるスポーツだった。というより、テレビが登場して「見るスポーツ」に関心が高まったとき、そこにあったのは、プロ野球と相撲、プロレス(子どもは熱狂したが、私の父のような少々インテリぶった大人は軽蔑していた)ぐらいだった。テレビで観戦するばかりでなく、家庭や学校でも話題にした。映画監督・小津安二郎も、日記にその日の勝敗の結果や「○○優勝」などと書いている。あの時代、まさに相撲は国民的スポーツといえた。  子どもたちにとって、力士はアイドルで、少年雑誌の表紙を飾り、若ノ花や名寄岩のように、本人が出演した映画が作られたりした。…【全文を読む】

▼01月26日
▽古くて新しい「ルート66」  「白黒のドラマでテーマ曲が流行った。ネットで聞けるよ。車で2人の男が旅するんだけどね、アメリカへの憧れをかき立てられたわけよ」「車はコンバーチブルだったよな。あの頃アメリカのドラマ見るとさ、冷蔵庫にこんなにものが入ってるんだって思ったもん」  午後の共同通信編集委員室。1946年、49年生まれの委員の目がきらきらしている。一定の年代には特別な思いがあるのだろう。ドラマ「ルート66」。ナット・キング・コールに代表されるテーマ曲が懐かしさを誘うのかも。この道は2006年公開のアニメ映画「カーズ」にも登場する。  さて、47ニュースでは、ドラマではないけれ…【全文を読む】

▼01月24日
 ▽2つの事件と、この国  社会部記者と編集委員を長くやっていたので、発生した事件事故の取材だけでなく、過去の事件を調べて記事を書くこともかなりあった。大逆事件もその1つだ。明治天皇の爆殺を図ったとして、無政府主義者の幸徳秋水ら24人が1910(明治44)年1月18日、死刑判決を受けた。半数は特赦で無期懲役となったが、幸徳ら11人は101年前のきょう、1月24日に死刑を執行された。  いまでは、事件のほとんどがデッチあげだったことが分かっている。事件捜査の名目で、日本各地で福祉や教育などの社会活動をしていた人たちが根こそぎ調べられ、活動を停止させられた。画家の竹久夢二、のちに小説「大菩…【全文を読む】

▼01月18日
 ▽「オレが見てやる」  昭和天皇のXデーの前後、社会部で反天皇グループの取材を1人でしていた。しっかりした思想・信条があったわけではない。「混乱の中で人権侵害が起き、それが報道されないとすれば問題だ」という、思いつき程度の発想だった。結局、取材は約8年間にわたった。1人ぼっちはちょっぴり寂しかったが、自分のやっていることに間違いはないという思い込みだけはあった。  それでも、取材して書いた原稿は、エディターであるデスク(部次長クラス)を通らなければ記事にはならない。取材を始めてからしばらくして、私は「自分の原稿を見てくれるデスクを決めてほしい」と要望した。そして開かれたデスクたちの会…【全文を読む】

▼01月17日
 ▽逃げればすむのか?  東日本大震災から10カ月が過ぎた。政府は「収束宣言」を出し、原発輸出再開にも意欲を見せ始めている。一方で、被災地と被災者が置かれた現状は「収束」からはほど遠い。そして、遠く離れた地域の人々にとって、記憶は少しずつ忘れられつつある。1周年を境に、そのことは一層はっきりするだろう。  3・11以降、震災のことばかり書き続けてきたが、このところ、直接触れることがなかった。それは、これまで頭の中央付近にありながら、どうしても整理がつかない課題があったからでもある。16日の岩手日報に「がれき受け入れに暗雲」という記事が載っている。「東京電力福島第1原発から200キロ以上…【全文を読む】

過去の日めくりコラム一覧へ > >
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11