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第2部「救世主」(6)

私物取り上げ軟禁 相次ぐ逃走、常時監視へ

「全国回復センター」のホームページ。ひきこもり支援をうたい、全国の親から相談が寄せられている。「全国回復センター」のホームページ。ひきこもり支援をうたい、全国の親から相談が寄せられている。

 角田正和(すみだ・まさかず)(40)が勤務していた「寮」は、埼玉県内の静かな住宅街にある。何の変哲もない古い民家。周囲には小学校もあり、農地も残るのどかな場所だ。

 黒木重之(くろき・しげゆき)が代表を務める「全国回復センター」は、埼玉、千葉両県で民家やアパートを借り上げ、ひきこもりとされる人たちを住まわせていた。角田の勤務先は男性寮で、1階には台所やリビング、2階に2段ベッドが備わる4畳半ほどの部屋が四つあり、常時5人ほどが暮らす。アルバイト職員が2交代制で常駐し、男性の寮長も住み込んでいた。

 角田がいた半年間に連れて来られたのは11人。ホームページを見て依頼する親が多く、北海道から九州まで全国各地に迎えに行った。子どもは20~30代が中心。本当に外に出ることができない人もいれば、自宅でネットを使ってお金を稼いだりして、「自分はひきこもりではない」と訴える人もいた。

 黒木は入所の際、財布や携帯電話、身分証を取り上げるよう職員に指示した。逃げ出す手段を奪うためだ。おとなしくしていればそのうち返却し、外出も許可する。職員は従順な入所者を陰で「模範囚」と呼んだ。

 センターは「入寮後は社会性を身に付けるための訓練や職業訓練を行う」と約束しながら、一切行っていなかった。入所者のためのプログラムは何一つなく、自立支援とは名ばかりだった。
 3カ月ほどたった頃、入所者の逃走が相次ぐ。

 関西出身の30代男性は、「ここにいる理由はない」と繰り返し、私物を取り上げられたままで逃げ出した。1週間後、公園で野宿しているところを不審者として通報された。警察署で事情を説明したが、警官は「親から預かっている」という職員の言葉を信じ、取り合ってもらえなかった。

 男性は角田に「公園の水しか口にすることができず、自殺も考えた」と漏らした。今度は寮のベランダから飛び降りて救急搬送され、その後行方が分からなくなった。数週間後には別の男性が4回も脱走を試みる。

 黒木らは窓に内側から開けられない特殊な鍵を付け、玄関も二重に施錠するなどし、入所者の外出の自由を奪った。やがて職員に“常時監視”を命じるようになる。 (敬称略、文中の人物、団体は仮名)