ベートーベン・ピアノソナタ「悲愴」も人気【宮崎日日新聞のコラム】葬儀が多様化しているらしい。海や山の散骨、樹木葬などがメディアで紹介される。中で音楽葬は、故人の好きだった曲を葬儀で演奏。音楽による弔い法として人気がある。
宮崎市の葬祭業「セレモニー宮崎」でも、近年は音楽葬の要望が増えている。告別式のピアノ演奏に「この曲を」の注文があったり、フルート奏者を会場に招いて生演奏するなどの趣向も凝らす。伝統的な葬礼の一方で、故人本位に様変わりする「別れの儀式」。
音楽葬で全国的に好まれる曲は、クラシックのバッハ「G線上のアリア」、ベートーベン・ピアノソナタ「悲愴(ひそう)」などという。中には故人が弾いたギターを遺族が演奏。団員だったコーラスグループで送る例も。葬送曲も幅が広がった。…(2010年2月21日付「くろしお」)全文はこちら
今年はショパン生誕200年 「○○胃散」CMでもおなじみ【河北新報のコラム】ショパンの作品を聴いたことがない人は少ないだろう。日常生活にも溶け込んでいる。ある人気女性ピアニストに好きな曲を尋ねたら、こんな答えが返ってきた。「『○○胃散』も良いですね」▼CMに長年使われている前奏曲を指したもので、もちろん正式名ではない。そもそもショパンは自作に標題を付けることを好まなかった。世界中で使われている愛称にも、自身は全く関与していない
▼残したのは大部分がピアノ曲だ。世界中のピアニストにとって、その作品は特別な意味を持つ。重要なレパートリーにしていない人は珍しい。多くの意味でピアノ音楽に革命的な変化をもたらした▼旋律を引き立てる多彩な装飾音、テンポルバート(楽句内のテンポの変化)の駆使、大胆な構成。最も心を引き付けるのは楽器の特性を極限まで生かし、優雅、繊細に歌わせることだろう。「ピアノの詩人」たるゆえんだ
▼今年はショパン生誕200年。故国ポーランドや後半生を送ったフランスだけで千以上の行事が行われる。…(2010年2月15日付「河北春秋」)全文はこちら
【写真】2010年1月7日、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団と、ショパンの作品を共演するピアニストのラン・ラン氏(左手前)=ワルシャワ(同管弦楽団提供・共同)
◆安永さんがベルリン・フィルで最終公演
【ベルリン14日共同】世界最高峰のオーケストラのひとつ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1コンサートマスターを約25年間務めてきた安永徹さん(57)の同フィル最終公演が13日、本拠地のベルリンで行われ、約2400人の聴衆を魅了した。
この日はシューマンの交響曲第4番など4曲を演奏。このうちピアノ協奏曲では世界的ピアニスト内田光子さんと協演した。演奏が終わると拍手が鳴りやまず、指揮をしたラトル芸術監督は何度か安永さんの肩を抱いて長年の貢献をねぎらった。
安永さんは1983年に同フィルの第1コンサートマスターに日本人では初めて就任。「帝王」カラヤンのほか、アバド、ラトルの3人の芸術監督の下で名門オケのまとめ役を担ってきた。
3月にベルリン・フィルを退団し、日本に戻ってソロ活動などを行うという。(2009/02/14 10:18)記事全文はこちら
【写真】最終公演の前日、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で演奏する第1コンサートマスター、安永徹さん。左はラトル芸術監督=2009年2月12日、ベルリン(同楽団提供・共同)
◆ベートーベン交響曲初演を再現 200年迎え(共同通信)
【ウィーン23日共同】ベートーベンの交響曲第5番「運命」と第6番「田園」が、ウィーンの「アン・デア・ウィーン劇場」で初演されてから200年を迎えた22日夜、同劇場で当時と全く同じプログラムの演奏会が開かれた。
ベートーベン自らが指揮やピアノ演奏をした200年前は、観客席の半分しか埋まらないなど演奏会は失敗だったと伝えられている。また、当時は交響曲5番が6番、6番が5番としてそれぞれ紹介され、演奏されたという。
フランスの指揮者、ベルトラン・ド・ビリー氏指揮、ウィーン放送交響楽団らによる今回の演奏会も、当時と同じ順番で交響曲6番から始まった。5番やピアノ協奏曲第4番など計7曲で、休憩をはさみ計約4時間の長丁場だった。
しかし、200年前と違い、客席はほぼ満員。最後は拍手が鳴りやまず、演奏者らがアンコールに応えた。
【写真上】大合唱で生きる喜びを歌い上げた「第九ひろしま2008」(撮影・今田豊)=2008年12月21日、中国新聞
【写真下】「アン・デア・ウィーン劇場」で、ベートーベンの交響曲第5番を演奏後、観客から拍手を受けるウィーン放送交響楽団=2008年12月22日(共同通信)
【上毛新聞のコラム】 …ベートーベンが作曲した交響曲第五番「運命」の冒頭の主題。二百年前のきょう、第六番「田園」などとともにウィーンで初演された。フォルティシモ(非常に強く)で奏でられた冒頭部分に驚天動地の新曲と感じた聴衆もいたかもしれない
▼「運命はこのように扉を叩(たた)くのだ」。冒頭主題の意味を尋ねた弟子に楽聖はこう語ったと伝えられ、「暗黒から光明へ」をモットーとした交響曲はいまもクラシック音楽の代表曲であり続けている…(2008年12月22日付「三山春秋」)全文
【徳島新聞のコラム】 年末になると、ベートーベンの「第九」交響曲が全国各地で演奏される。ドイツに倣って、とされるが、なぜ年末なのか、はっきりした根拠はないようだ
「第九」日本初演の地は、言わずと知れた鳴門市の板東俘虜(ふりょ)収容所。九十年前の一九一八年、ドイツ兵によって初演された。…
ベートーベンといえば、「第九」と並んで有名なのが交響曲・第五番「運命」。こちらは一八◯八年、ベートーベンの指揮で第六番「田園」とともに初演された。しかし、練習不足や会場の寒さが原因で、評判はさんざんだったようだ
きょう十二月二十二日は、その初演から二百周年に当たる。…
その劇的な旋律から、ベートーベンの最高傑作の一つに数えられるこの「運命」。“ダダダダーン”と、不況ムードも吹き払えないものか。(2008年12月22日付「鳴潮」)全文
【山陽新聞のコラム】 師走を代表する風物詩といえばベートーベンの交響曲第九番である。市民参加からプロの名演奏まで各地で特色あるコンサートがたけなわだ。
中でも丸亀市で先日開かれた演奏会は、本番前のプレイベントだが、日本で第九初演にかかわったドイツ兵士ゆかりの場所での演奏だった。九十年ぶりドイツ語の歌声が響いた、と本紙香川版が伝えている。
会場の本願寺塩屋別院では、第一次世界大戦中の一九一四年、丸亀俘虜(ふりょ)収容所が設けられ、ドイツ兵約三百二十人が暮らした。その後、捕虜は徳島県鳴門市の板東俘虜収容所に移り、一八年に第九全曲を演奏するほど音楽が盛んとなった。
丸亀ドイツ兵俘虜研究会の調査によると、…(2008年12月17日付「滴一滴」)全文
【愛媛新聞のコラム】 広いホールいっぱいに、バッハの名曲が美しく響き渡った。先日、松山市で催された愛媛交響楽団(愛響)の定期演奏会の一こま。漆原啓子さんのバイオリン独奏だった…
休憩をはさんでのメーンは交響曲第三番「英雄」。ナポレオンにささげる予定だったのに、皇帝になったと聞いて献辞を記した表紙を破り捨てた逸話が残る。「あの男も俗人だった」と叫んだというが、タイトルにふさわしく壮大な傑作だ▲
愛響の演奏は力強く、曲想を見事に表現していた。創立から三十六年。市民オーケストラの持続は難しいといわれるなか、発展を続ける楽団には敬意を覚える。とりわけ近年は低音部が充実し、演奏の幅が広がってきた印象が強い▲
もちろんプロの楽団に比べれば粗削りな点もうかがえるが、それを補って余りあるのがアマならではの音楽に対する情熱だ。これからも活躍に期待したい。(2008年12月18日付「地軸」より)





