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【大相撲】新記録の大関魁皇、中高年世代に勇気を与えた

「よし、おれも」と奮起を誓ったお父さんも多いのではなかろうか…【徳島新聞のコラム】ゴルフの石川遼選手のように10代で脚光を浴びる人もいれば、プロ野球の工藤公康投手のように46歳になっても現役で在り続け、中高年世代に勇気を与える人もいる
 大相撲の大関魁皇も後者の一人だろう。37歳、幕内最年長。12日の初場所3日目で元横綱千代の富士を抜き、幕内通算808勝の新記録を打ち立てた。けがと闘いながらの快挙である。魁皇の頑張りを見て「よし、おれも」と奮起を誓ったお父さんも多いのではなかろうか
 酒好きで、若いころはよく深酒をした魁皇。変わったのは、大けがをした25歳くらいから。「付き合いが悪い」と言われても酒の誘いを断り、けがの治療やけいこに打ち込んだ。その結果の快挙である…(2010年1月14日付「鳴潮」)全文はこちら

野球ならば昨春、イチローが張本勲の通算安打数3085本を上回った偉業にも匹敵しよう…【新潟日報のコラム】…魁皇が12日、幕内通算勝利数で千代の富士を抜く808勝目を挙げた。3位が北の湖、4位が大鵬というから、どんな大記録か分かろう。同期の若貴兄弟や曙は人気と実力で横綱まで上り詰め、とっくに引退している▼若貴らの後をのそりのそりと追い、20歳で入幕してから、約17年をかけて前人未到の勝ち名乗りを受けた。野球ならば昨春、イチローが張本勲の通算安打数3085本を上回った偉業にも匹敵しよう…(2010年1月14日付「日報抄」)全文はこちら

魁皇と千代大海の対決には宿命的なものを感じた…【山陽新聞のコラム】…それにしても、記念すべき一番となった一昨日の関脇千代大海との対決には宿命的なものを感じた。九州出身の仲良し同士の激突。しかも大関を陥落した千代大海にとっては力士生命と、師匠・九重親方の記録も絡んでいた
 敗れた千代大海は、大関復帰の望みが消える6敗を待たず引退を表明した。ともにけがに苦しみ、かど番に立つたび「引導を渡すのはおれだ」と冗談を言い合っていたという。その言葉が本当になった。「最後が魁皇関でよかった」
 気分も新たに次の白星を目指す魁皇と、さっぱりと未練を捨て親方として後進の指導に踏み出す千代大海。互いに生涯記憶に残る一番だったろう。土俵の神様も粋な軍配さばきをするものだ。(2010年1月14日付「滴一滴」)全文はこちら

千代大海が引退を表明 対戦した魁皇に引導を渡された…【山陰中央新報のコラム】初場所の土俵は古参力士のドラマが行き交う。大関魁皇が808勝の幕内通算最多勝を達成したのに続き、きのうは千代大海が引退を表明した。大関から陥落したばかりの引退の土俵際で対戦した魁皇に引導を渡された。かたや土俵道の最高目標を上り詰め、こなたは土俵人生との惜別。対照的な仕儀を描く主人公に相撲人生の感慨が重なる
 ▼気は優しくて力持ち。角界で魁皇ほどこの言葉がふさわしい力士はいないのではないか。右上手を差し得意の型にはまった勝ちっぷりは無類の強さを感じさせる。…(2010年1月14日付「明窓」)全文はこちら

伝説の力士「雷電」みたい【神戸新聞のコラム】 …作家の乃南アサさんが毎日新聞に「福岡県直方市という故郷をちゃんとしょって立っている」と語っている。地元は温かく、そして厳しい。魁皇も期待に応えられず、もがき苦しんだに違いない。すべてを併せのんだ今、特に九州場所では大きな背中に「感謝」の文字が見える◆江戸時代の伝説の力士、雷電為右衛門を描いた「雷電本紀」という小説がある。作家飯嶋和一さんの作品だ。貧しさと悪政に打ちひしがれた民衆の不満と、世の中を変えたいという思いを一身に背負って、大関雷電は裸の勝負に臨んだ◆雷電は真っすぐな生き方と、けた外れの強さが愛された。ごつごつした歩みが胸を熱くする魁皇だが、同時代の人々を励まし続ける姿は「今雷電」の名にふさわしい。(2010年1月13日付「正平調」)全文

808勝、528敗、16回の休場…【宮崎日日新聞のコラム】 「花の六三組」という。若乃花、貴乃花に曙関…。昭和63年3月場所で初土俵を踏んだ力士のことだ。みなが一時代を築き、土俵を去って久しい中、唯一の現役が魁皇関だ。

 そうそうたる顔ぶれの同期に比べ、魁皇関の出世は遅かった。歴代上位陣の中でも珍しく長い十両在位8場所を含め、入幕までに5年かかっている。すでに曙関は横綱、貴乃花関は大関、若乃花関は関脇になっていた。さらにここから遅咲きの“本領”を発揮する。…(2010年1月13日付「くろしお」全文はこちら

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37歳。同期生の横綱貴乃花や曙はとっくに引退した…【中日新聞のコラム】…優勝は5回。何度も挑んだ綱とりは、けがやプレッシャーに阻まれた。それでも腰や肩など満身創痍(そうい)の中、土俵を務める姿勢はファンを感動させた…

■魁皇、幕内最多の808勝 千代の富士抜き単独1位
 大相撲の西大関魁皇(37)=本名古賀博之、福岡県出身、友綱部屋=が12日、東京・両国国技館で行われた初場所3日目で関脇千代大海を下し、千代大海の師匠でもある元横綱千代の富士(現九重親方)を抜き、単独の歴代最多となる幕内通算808勝目を挙げた。(2010/01/12 18:27 共同通信)
 三十七歳。同期生の横綱貴乃花や曙はとっくに引退した。「ひと場所ひと場所、いや一日一日、土俵での寿命が延びていく感じ」と著書で語っている。怪力を生かした取り口で、もっと、もっと勝ち星を重ねてほしい。…(2010年1月12日付「中日春秋」)全文はこちら


【写真】史上2位となる幕内通算804勝目を挙げた魁皇=2009年11月23日、福岡国際センター、西日本新聞


魁皇は同期生の「若貴」や曙が次々に引退する中、幕内最年長の37歳で土俵に上る…【山梨日日新聞のコラム】…魁皇は関脇だった1997年夏場所で力士生命の土俵際に追い込まれた。左足股(こ)関節に大けがをし、同温泉で約40日間療養。ホテルの階段を6階まで上り下り、近くの体育館では筋力トレーニングをして再起を図った▼3年後に大関昇進、優勝5回の実力者に。同期生の「若貴」や曙が次々に引退する中、幕内最年長の37歳で土俵に上る。…(2010年1月10日付「風林火山」)全文はこちら

【最近の魁皇関連の記事】
大相撲・幕内最多807勝 魁皇関に県「栄誉賞」 麻生知事表明 2010/01/12 13:34 【西日本新聞】
魁皇 幕内807勝 地元の直方歓喜、花火で祝福 2010/01/12 10:30 【西日本新聞】
「中日春秋」 2010/01/12 10:11 【中日新聞】
大関魁皇 最多807勝に並ぶ 強い精神力で大記録実現 地元直方 ゆかりの人々も祝福 2010/01/12 09:45 【西日本新聞】
両横綱は2連勝 大相撲初場所2日目 2010/01/11 19:05 【共同通信】
魁皇が史上1位に並ぶ807勝 千代の富士に追い付く 2010/01/11 18:03 【共同通信】




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【速報】貴乃花親方が二所ノ関一門を離脱して理事選に立候補 大相撲の貴乃花親方(元横綱)(37)=本名花田光司=が所属する二所ノ関一門を離脱し、日本相撲協会の理事選に立候補することが8日、決定した。同一門はこの日、東京・両国国技館での会合で立候補者の選定をしたが、調整がつかなかった。関係者によると、支持勢力が一門を離れる可能性もある。協会の理事(定員10人)は五つある各一門の利益代表の性格を持ち、一門内で候補者を調整するのが慣例。一門の後ろ盾を頼らない同親方の立候補は極めて異例。‥2010/01/08 (共同)  全文を読む
【写真】二所ノ関一門の会合を終え、厳しい表情を見せる貴乃花親方=8日午後、両国国技館

貴乃花親方が一門離脱表明 2009/12/22

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【写真上】初場所で物議をかもした朝青龍のガッツポーズ。秋場所でも再び繰り返した(2009年1月25日撮影、共同)
【写真右】37歳の大関魁皇が幕内在位で先場所まで並んでいた高見山を上回って、単独史上1位の98場所とした。九州場所の番付を手に笑顔を見せる大関魁皇=2009年11月2日午前、福岡県粕屋町の友綱部屋宿舎

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執念の大関に声援を送る 【北國新聞のコラム】 大相撲九州場所は、日本人力士が仲間外れにされそうな優勝争いとは別に、弱い大関にもファンの目が集まる。陥落の危機にさらされる力士たちである。%E5%8D%83%E4%BB%A3%E5%A4%A7%E6%B5%B7.jpg
千代大海は、出島より先に大関になり、在位65場所目、13度も危機を乗り切ったツワモノである。場所前に、現役続行を宣言した。引き際の決断は難しい。
 司馬遼太郎さんに取材したのは、小説から紀行文などに仕事を移したころだった。「小説はね、力仕事ですよ。もう無理だ」と話してくれたが、力が衰えても作家でいられるのは、才能に恵まれたまれな人に限られる。衰えを知って、きっぱり身を引く人もいれば、選んだ道を泥まみれになって歩む人もいる。潔さと執念。そのどちらの姿にも、心が引かれる。大相撲では格下の幕下の取組を好むファンが少なくない。伸び盛りの若手と、力の衰えを技や駆け引きで補う古参との対決に、相撲の妙味を見るという。
 九州場所は、「一年納め」の土俵である。まだ振り返るには早いが、逆風のやまぬ年である。弱い大関に不満の声が飛んで久しいが、転んでもなお立ち上がる根性に、今場所は声援を送りたい。 (2009年11月16日付「時鐘」)

千代大海と魁皇モンゴル勢に話題を独占されてたまるかの心意気  【西日本新聞のコラム】 …仮に2場所連続で負け越して大関から落ちることになっても、千代大海は「現役続行」と場所中に宣言した。関脇で10勝すれば大関に戻れるからだ。開き直ったのだろう。それが良いほうに出た▼先月、33歳になった。…大関魁皇戦は見ていて力が入った。魁皇は四つ相撲を代表する。いくら突き押しの力士より長持ちするとはいえ、現在36歳の幕内最古参。引退の危機も一度や二度ではなかった▼…九州出身同士ということもあって励まし合う仲だ。33歳は36歳を親しみを込めて「おっさん」と呼んできた。先に土俵を去るわけにはいかない▼モンゴル勢に話題を独占されてたまるか、の心意気を共に見せ続けてほしい。「電車道」の千代大海と「上手を取ったら無敵」の魁皇。2人の「型」は大相撲の魅力を代表する。モンゴル勢中心の優勝争いを見ながら、そんなふうにも思ったことだった。(2009年5月24日付「春秋」)

八百長? 谷風の人情相撲  【中国新聞のコラム】 江戸時代、天下無敵の強さで鳴らした谷風が、幕下の力士に敗れたことがある。二回の七場所連続無敗記録を誇った大横綱だ。江戸っ子たちにとっては、さぞかしサプライズだったろう。相手は病親の世話をしている貧乏力士。それを聞いた谷風が、一計を巡らせた。懸賞金を取らせようと、特別興行を催してわざと負けたのだ。「いい話じゃねえか」と、後で知った人々をうならせたという。落語や講談の演目にもなった「谷風の人情相撲」である…(2008年10月4日付「天風録」)全文

谷風  【デーリー東北のコラム】 …江戸中期の寛政年間、佐野山という幕内力士がいて、千秋楽に横綱の谷風と対戦することになった。病気の母親を抱えて気が気でない佐野山は初日から連戦連敗。片や谷風はけた外れの強さで白星街道を突っ走っていた▼地位が離れていたことから、通常ではあり得ない取組。にもかかわらず懸賞までかかる。これには江戸っ子も驚いたが、いざ行司の軍配が返ってみると二度びっくり。負けるはずのない谷風があっさり土俵を割っていた▼明らかに八百長。佐野山と取り組ませてくれるよう…(2008年10月18日付「天鐘」)

豆まきに力士、なぜ? 【新潟日報のコラム】 …豆まきで引っ張りだこなのは関取衆だ。有名な千葉の成田山新勝寺には、白鵬、朝青龍の両横綱が今年も姿を見せる。なぜ、力士なのだろう。その大きな手形は、魔よけとしても重宝されてきた。「塩をまくように場を清める。何より、大きな体が鬼退治にぴったりだからでしょう」と相撲博物館▼十両の若麒麟の解雇が決まった。昨年九月の抜き打ち検査で、いっときとはいえ、大麻の陽性反応が出た当人である。長期間、身も心も邪気払いしないまま見逃され、土俵に上がっていたのだろうか。「鬼は外」。善男善女の鬼退治を買って出る資格が、いまの角界にありやなしや。(2009年2月3日付「日報抄」から)

 

大麻騒動

◆初の抜き打ち尿検査(2009/04/22 16:50、共同通信)記事全文はこちら

 ◆相撲協会、抜き打ち検査可能に 薬物チェックで専門機関と契約(2009/04/17 19:11、共同通信)記事全文はこちら

 ◆元若麒麟被告に猶予判決 大麻事件で横浜地裁支部(2009/04/22 17:13、共同通信)記事全文はこちら

 ◆元若麒麟の知人に猶予付き刑/地裁川崎支部(神奈川新聞)記事全文はこちら

 ◆週刊現代が八百長疑惑報道で敗訴(2009/03/05 15:51共同通信)">記事全文はこちら

 ◆「逮捕されたらリスク」と若麒麟 自室ノートにメモ書き(共同通信)(2009/02/02)全文

 ◆若麒麟を解雇処分、相撲協会 前例踏襲、退職金請求拒否できず(共同通信)
 (2009/02/02)全文

 ◆競泳のフェルプスに大麻疑惑 英紙が写真掲載、本人謝罪(共同通信)
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(2009/02/02 10:08)全文

 【写真】英日曜紙が掲載したマイケル・フェルプス選手の大麻吸引場面とみられる写真=2009年2月1日、ロンドン(共同)


 ◆若麒麟容疑者を送検 共犯容疑者と違う供述 神奈川県警(神奈川新聞)
(2009年2月2日)記事全文はこちら

 ◆若麒麟容疑者、逮捕時Tシャツ 「力士とばれたくなかった」(共同通信)
(2009/02/02)全文

角界大麻汚染 力士になめられた協会  【琉球新報の社説】(2009年2月2日付)
 横綱朝青龍と白鵬の優勝決定戦に沸き返った大相撲初場所千秋楽から約1週間。ファンを取り戻したかに見えた相撲界に、再び激震が走った。今度は十両の若麒麟容疑者が大麻取締法違反(共同所持)で現行犯逮捕された。日本相撲協会は一部の力士になめられている。そうとしか思えない重大かつ深刻な事態だ。
 若麒麟容疑者は尾車部屋所属の25歳。昨年、ロシア人力士らによる大麻騒動があったが、今回は日本人力士である。大麻汚染の広がりを見せつけた形だ。厳しい処分となりそうな同容疑者はもとより、汚染の実態を甘く見た相撲協会も責任は免れまい。
 相撲協会はこの間、トップが北の湖理事長から武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)に代わり、親方と力士、行司、床山らを集めて10年ぶりに全協会員を対象とした「研修会」を開くなど、対策を講じてきた。その姿勢には一定の評価があるだろう。…全文はこちら

大麻汚染 【宮崎日日新聞のコラム】 朝青龍の“崖っぷち”からの復活優勝で盛り上がりをみせた大相撲初場所。その余韻残る中、きのうまた十両力士が大麻所持容疑で逮捕され、相撲人気復活に冷水を浴びせた。残念だが、他の力士たちには次の春場所でいい相撲を取って嫌なムードを吹き飛ばしてほしい。…(2009年1月31日付「くろしお」)全文

「朝青龍が立派だったということだよ」  【新潟日報のコラム】 「おれたちも一杯食ったなあ」「参ったよ、本当に。朝青龍が立派だったということだよ」。辛口の解説で知られる元横綱の北の富士さんも、放送席で脱帽するしかなかった。大方の相撲ファンの気持ちを代弁していたのではないか…▼今場所も、幕内十四人を占める外国勢の活躍ばかりが目立った。…品格も大切だが、…日本勢の気迫を見せてもらいたい。(2009年1月27日付「日報抄」から)

土俵際からの復活に感動  【中日新聞のコラム】 なぜ名古屋を舞台にしたヒット曲が生まれないのか、について、演歌『天城越え』の作詞家吉岡治さんが本紙に語ったことがある▼「湿度、しめっぽさが足りない。金回りがよく、元気はつらつというのも歌には向かないなぁ」。…ここにはドラマの本質が含まれているように思う▼あの朝青龍がそう。初場所で優勝を決めた瞬間の大歓声には、率直に「こんなに人気があったっけ」と思ったものだ▼もし三場所連続の休場もなく、以前のように強い一辺倒ならああはいかなかったはずだ。…相撲人生の土俵際からの復活だったからこそ、ファンは心を動かされたのだろう…(2009年1月27日付「中日春秋」から)

朝青龍に「注意」  ◆ …審議会の海老沢勝二委員長は26日「よくやったという高い評価が相次いだ」と話し、横審の総意として朝青龍の復活をたたえた。無用な駄目押しなど、問題視されかねない振る舞いについて「朝青龍の魅力」と容認する意見も一部で出たという。ただ、横綱白鵬との優勝決定戦に勝った後、土俵上で両手を突き上げるポーズで喜びを表現したことを問題視する意見も出た。これに対し、日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)が直接、朝青龍に注意する意向を示したという。…全文を読む(共同通信1月26日)
関連動画

 けがや病気をして横綱というものが分かってくるほどに怖くなる 【東奥日報のコラム】 二十一歳で横綱になった大鵬は、後にこんなことを言っている。未熟な自分を初めて知り大変だと思ったが、そのころは怖いものなしで深く考えることもなかった。それがけがや病気をして、横綱というものが分かってくるほどに怖くなったと(石井代蔵「土俵の修羅」新潮文庫)。…同じく若くして横綱になった北の湖も語っている。…あの憎らしいほど強かった人にしてだ。…昭和戦後の二人の大横綱の言葉を思いつつ、初場所の焦点の人をテレビで見てきた。…(2009年1月26日付「天地人」)全文

「らしさ」もよみがえった  【中国新聞のコラム】 三場所連続の休場から土俵に戻った朝青龍関が賜杯を奪い返した。見事な復活劇というほかない…▲「らしさ」もよみがえった。先手、先手の取り口で攻め立てる。つんのめったところへ、とどめの張り手。立ち合いにも、鬼神を思わせる気迫がみなぎった。「狼藉(ろうぜき)」と紙一重のスタイルも、型破りの横綱相撲なのかもしれない▲…青と白のオオカミ横綱がぶつかる来場所が待ち遠しいのは、気が早すぎるか。(2009年1月26日付「天風録」)全文

品格問う声押しつぶした興行への貢献度  【47コラム】 朝青龍の進退をかけた気迫が人気を呼び、相撲界を盛り上げた。横綱の品格を問う声は、予想外の優勝への驚嘆と興行に対する貢献度の大きさに押しつぶされた。優勝23回は貴乃花の記録を抜き、大鵬、千代の富士、北の湖に次ぐ史上4位の回数となった。全休明けの横綱が優勝するのは、1990年九州場所の千代の富士以来。記録の上ではまぎれもない大横綱である。麻生首相までが総理大臣杯授与で土俵にあがり「数々の試練を乗り越えての優勝。やっぱり横綱は強くなくちゃ」とたたえた。朝青龍自身も表彰式インタビューで「朝青龍、帰ってきました」と復活宣言をした。「相撲界を応援してくれた皆さんのおかげ。僕は日本の横綱…」とも。同日夜のテレビ番組などでは「皆さんには言ってなかったけど、場所前のけいこ総見の後に日馬富士とけいこしたときから何となくいい感じになっていた」とそれなりに自信があったことを明かした。優勝パレードでは、自分のまげを結ってもらってきた床山の日向端隆寿(ひなはた・たかじゅ)さんを、約束通りオープンカーに一緒に乗せて、“日本の父”に恩返しした。(2009年1月25日 憲)

朝青龍嫌いも歓声 【東奥日報のコラム】 剣が峰とは富士山頂の噴火口の周りのこと。日本最高峰の噴火口だから気温が低く、吹きつける風は尋常でない強さに違いない。踏ん張って立っているのも大変だろう。…横綱という最高位にいる朝青龍は、三場所連続休場し、痛めたひじが完全に治らないまま初場所に出場した。…立ち合い前から鬼のような形相になる。気迫を前面に出す。悲壮感も漂う。そんな姿にファンも朝青龍嫌いも引きつけられ、歓声を上げる。「声援が多くて、うれしいね」とは初日の言葉だ。ところが、朝青龍と反対に、国政の最高位に座っている麻生首相には土俵の外からの温かい声援が少ない。…土俵の下で支えてくれるはずの閣僚経験者の一人は、そっぽを向いて離党した。…土俵の外は、奈落とも言うらしい。(2009年1月14日付「天地人」)全文

≪関連ニュース≫中田英寿さんと石井慧が朝青龍を激励 「いい相撲だった」(1月11日の記事)(共同通信)【写真下】初日の取組後、元サッカー日本代表の中田英寿さん(右)の訪問を受け笑顔の朝青龍
◆フジテレビ系の朝の情報番組「とくダネ!」で、メーンキャスターの小倉智昭さんが大相撲の横綱朝青龍の初場所に関して「星が買えれば良いのにね」などと9日に発言し、12日の放送で「ご迷惑をお掛けしたのであれば、心からおわびしたい」と謝罪した。…全文(共同通信1月12日)

久しぶりの熱気 【静岡新聞のコラム】 大相撲が久しぶりに熱気に包まれている。進退を懸けた横綱朝青龍が序盤からすさまじい気迫を見せているのが、ファンの高い関心を呼んでいるようだ。きのうも落ち着いた取り口で白星を重ねた。ここ1番の集中力には定評がある…場所前はけいこ不足を指摘されるなど厳しい声が多かった。文字通り四面楚歌の中での出場だったに違いない▼朝青龍が土俵際で踏ん張り、“憎らしいほど”と言われたかつての強さを取り戻すのかどうか目が離せない。…(2009年1月14日付「大自在」)

力士のしつけ  【愛媛新聞のコラム】 晩年に七場所連続で全休した貴乃花や、六場所連続休場の北の湖、武蔵丸に比べて、朝青龍への風当たりは格段に強い。普段の生活態度や相撲に対する姿勢が問題視されているからだ▲ただ、その責任を横綱一人に負わせるのは酷だ。力士に対するしつけの甘さは相撲界全体の問題でもある。…今年は協会にとっても正念場。失った信用は土俵で取り戻すしかないのは朝青龍と同じだ。…(2009年1月12日付「地軸」から)

落日の権力者? 【福島民報のコラム】 権勢を誇っている間は批判を封じ込めることができる。だが、徳を欠いた力はひとたび陰りが見え始めると惨めだ。周囲が一斉に離れていく。今の横綱朝青龍はまさに落日の権力者ではないか。大相撲初場所が始まった。…朝青龍も、本来なら先頭に立って信頼回復に取り組むべき立場にある。ところが相変わらずの自覚のなさ。関係者からは引退やむなし−との声さえ出ている。自己最高体重にまで増えた締まりのない体は、気の緩みを表しているかのよう。冬巡業では…(2009年1月12日付「あぶくま抄」から)

美術学校で学んだ安馬  【西日本新聞のコラム】  いまごろ書くのも何だが、大相撲九州場所千秋楽の優勝決定戦はめったに見られぬ力相撲だった。…横綱白鵬に負けたものの、たたえる声の多さでは関脇安馬も負けていなかった。…母国では美術の専門学校で学んでいる…絵はチャリティーを通して収益が支援に充てられる。相撲が強くなることで少しでも高く買ってもらえれば、とも思う心優しき力士である。(11月28日付「春秋」から)

青森との縁 【東奥日報のコラム】大相撲の安馬を初めて見たのは二〇〇一年の夏、五所川原商業高校の土俵だった。…安馬が尊敬する力士は初代の貴ノ花。暇なときには貴ノ花のVTRを見て研究している。貴ノ花の兄で初代の若乃花は、安馬は自分の若いころに似ていると話しているという。そして安馬の師匠は元旭富士。安馬はモンゴル出身だが、青森県とも縁が深い。準県出身力士として、応援したい。(11月23日付「天地人」)全文

座布団投げ 【南日本新聞のコラム】 …人気回復を図るため、土俵にもまして今場所、力を入れて取り組んだのが観覧席だ。土俵をぐるりと囲む升席は従来より幅を少し広げて余裕を持たせ、テーブルの付いたいす席のペアシートを新設した。後方には当日の自由席もつくった▼「飛ばない座布団」も目を引く…(11月12日付「南風録」)全文

昔は勝者に羽織投げ 【新潟日報のコラム】 不世出といわれた横綱双葉山の連勝が六十九で止まった瞬間、両国国技館の天井は大歓声で震えたという。一九三九年春場所四日目のこと。座布団に交じって、火鉢までが宙を舞ったという逸話がある▼座布団投げは大相撲独特の習慣だ。始まりは江戸時代にさかのぼる。ひいきの力士が勝って花道を引き上げる際に、観客が羽織を投げ込んだことに端を発し、形を変えて続いているらしい▼この習慣が九日に始まる九州場所で姿を消すという。…▼連勝が止まった夜、双葉山が恩師に「未だ木鶏たり得ず」と打電したのは有名な話だ。木鶏は泰然とした最強の闘鶏をいう。待ったなしの土俵正常化に向けて、相撲界も木鶏たる気構えを見せてほしい。そうでなければ改革など幻に終わってしまう。火鉢は困るが、ファンはブーイングという座布団を投げ込み続けるしかない。(11月3日付「日報抄」)

八百長 【山口新聞のコラム】 …千秋楽、勝ち越しをかけて「故意による無気力相撲」が昔あったことはテレビ桟敷でも分かった。力士にも生活があるからそれでも、国民が目くじら立てたことはない。国技ならではの“あいまいな日本文化”だった▼が、価値観の違う外国で生まれて育った力士が多くなり、大相撲が興行ではなくスポーツとなった現在、このあいまいさは許されまい。あれば「告発」が続くだろう…(10月20日付「四季風」)

注射 【デーリー東北のコラム】 角界に伝わる隠語の一つに「注射」というのがある。八百長を依頼すること。打つとすぐ効果が出るというのでそう呼ばれるようになったものらしい。真剣勝負を意味する「ガチンコ」と対極をなす言葉だ▼事前に勝負が決まっているからいかさまと同義語だが、近縁の言い回しに「こんちは相撲」がある。「こんちは」は通り一遍のあいさつにすぎないことから、真剣でないとの意に転用、八百長のお先棒を担ぐことになった。…出ては消え、消えては出てくる八百長疑惑。確たる証拠がない限り、特定することは難しい。隠語が存在すること自体、その根深さを感じざるを得ないが、今後どうあるべきかの答えは協会が握る。(10月17日付「天鐘」)

伝統だけに縛られるな  【山陰中央新報のコラム】 …武蔵川新理事長は協会の力不足を率直にわびた。くしくも名理事長とうたわれた先代武蔵川理事長も逆風からの船出だった。口癖は「相撲は伝統だけに縛られてはいけない。今と将来のものなのだ」。今は、もう前に向かって進むしかない。(9月19日「明窓」)全文

北の湖理事長の辞任 【47コラム】 日本相撲協会の北の湖理事長がロシア出身力士の大麻問題を受け、辞任した。これまで力士の不祥事が起き、責任の所在を問われるたびに「協会ではなく、部屋の師匠の問題」としてきた。今回ばかりは弟子の白露山も疑惑の張本人となっており、もはや辞任せざるを得なかった。
 露鵬と白露山の大麻疑惑が発覚して以来、前理事長の迷走ぶりが際だった。自らの組織が決断して行った検査結果を受け入れようとせず、「本人たちが使用を否定している」として、他の機関での検査にこだわった。精密検査で出た科学的な根拠を示されるに及んで、ようやく引責辞任を決意したのだった。
 組織をあげて諸問題に取り組むという認識が欠けていたのではないか。外国籍力士が恵まれた資質とハングリー精神を武器にスピード出世をする。相撲界の伝統とかしきたりを十分に身に着ける間もなくだ。それが昨年起きた朝青龍の巡業すっぽかし騒動などに結び付いていはしないか。若い弟子へのしごき事件なども後を絶たない。
 国際化や若者の教育問題など、50を越える各部屋にすべてを任せ切っていては解決できない難問が山積している。旧態依然の相撲部屋経営では解決できないこれらの問題をどう解決していくのか。
相撲出身者だけに限られている理事登用を外部の人材にも求める動きは加速し、協会内の風通しを良くして若手をはじめ親方衆の英知を集める努力も必要だろう。後継の武蔵川理事長が背負う課題は重く、大きい。(47NEWS編集部 岡本彰)


 


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