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【前川喜平さんに聞く 下】 常に少数者へのまなざし 不登校の経験が原点に

大勢の報道陣が詰め掛けた、前文科事務次官の前川喜平さん(奥中央左)による記者会見=5月、東京・霞が関
 前文部科学事務次官の前川喜平さん(62)は今、二つの自主夜間中学と一つの学習支援活動のボランティアを掛け持ちしている。「教育を受ける権利は万人に保障されなければならない。だから制度から漏れた人たちが学ぶお手伝いがしたい」。不登校の子や障害者、性的少数者(LGBT)、外国にルーツがある子ども…。気に掛けてきたのは、マイノリティーの人々だ。そのまなざしの原点にあるものは何か。


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 次官辞任を決めたとき、LGBTを支援する意志を示す「LGBT ALLY(アライ、味方の意)」のステッカーを自費で400枚作り、担当課に託した。退任時に職員に送ったメールでこのステッカーに触れ「思いを同じくする方はPCに貼るなどしてご活用ください」と書いた。初等中等教育局長だったとき、性同一性障害の団体から「学校現場の理解を深めて」という陳情を受けたのがきっかけだ。


 ▽制度より人間


 自主夜間中学のボランティアは神奈川県厚木市と福島市で、80歳前後の生徒たちと小学校の国語教科書や新聞で学ぶ。1人は70歳すぎまで文字が全く読めなかった。「貧困ゆえに学校に通えず、働きづめの人生。ここまでよくぞ生きてくださったと思う。教育行政は彼のような人を長い間、見ないようにしてきた」


 昨年12月、自らも関わって不登校の子の学びや夜間中学設置を支援する教育機会確保法が成立した。「本当は学校外の義務教育を認めるところまで行きたかったが、反対する議員が多かった。学校信仰は本当に根強い」


 では自身はどうか。「学校信仰はありません。不登校の経験のせいかもしれない。人間より制度を優先するのはおかしいと、ずっと思ってきた」


 1955年、奈良県生まれ。家は旧秋津村の地主で、祖父は産業用冷凍機メーカーの創業者。裕福な家の優等生だった。


インタビューに答える前川喜平さん
 小3で東京に引っ越し、不登校になった。「周囲の子は親をパパ、ママと呼んでいて、僕がお母ちゃんと言うと笑う。奈良の学校はプールがなかったので泳げなくて、水泳の授業は恐怖だった」


 やがて進学した私立麻布中学・高校には学園紛争の波が及んでいた。論争が日常的な教室で「自分の正義は自分でつかむしかない」という信念が培われた。


 ▽他人の悲しみ


 詩や小説を書いていた。父や祖父の影響で仏教に興味を持ち、原始仏教や哲学の本をひもといた。大学は法学部を選んだが、憲法ぐらいしか興味が持てない。仏教青年会で活動しながら、どう生きるべきか考え続けた。


 宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を繰り返し読んだ。インタビューでは賢治の「農民芸術概論綱要」をそらんじた後、言った。「ここに書かれているのは個人の尊厳だが、それだけじゃない。『人間は自分一人だけで生きているのではない』という賢治に共感します。他人が悲しんでいると悲しくなる。放っておけない気持ちになるんです」(共同通信記者 田村文)


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 教育機会確保法 2016年12月成立、17年2月施行。義務教育段階の普通教育に相当する教育機会を確保し、不登校の子どもを国や自治体が支援することを初めて明記した法律。当初は学校以外での学習も義務教育として扱う制度が検討されたが、与党議員の一部の反対により、その規定は盛り込まれなかった。また、義務教育を受けられなかった人に対し、夜間中学校などにより就学機会を提供することを自治体に義務づけた。


【記者ノート】 20年以上前、文部省詰の記者だった私は、大臣秘書官だった前川喜平さんに頻繁に会っていた。教育行政に関わる疑問をぶつけると、立て板に水で説明してくれる。開けっ広げで明るく、周囲にはいつも人がいた。
 再会して「加計問題で証言しようと決めたとき怖くなかったですか」と問うと「失うものがないからね。現役官僚のとき証言していたなら立派だけど」。そして同時期に性暴力被害を告発した女性ジャーナリストの名を挙げ「彼女は本当に勇気がある」と心を寄せた。
 自主夜間中学でのボランティアが「楽しい」と笑う。「学習は生存権のベース、人権の基本だと改めて気付きました」

2017/10/05 16:54

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