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【為末大の視点】第3回 見知らぬ自分と付き合う スポーツで学べること

為末大氏
 リオデジャネイロ五輪・パラリンピックでメダルを獲得した日本選手が合同パレードし、約80万人(主催者発表)が祝福した。スポーツの現場では「潜在的な自分」をうまく扱える選手が強い。メダリストはそういった人たちだろう。


 興味深い話がある。1980年代に生理学者のベンジャミン・リベット氏が人間の意思決定に関する実験を行った。被験者が手を動かすタイミングと、動かそうと意図したタイミングを測定すると、意図してから実際に手が動くまでに0・2秒ほど時間がかかった。さらに動かそうと意図するより0・3秒ほど前に、脳で「準備電位」という信号が測定された。つまり自分が手を動かそうと意図するよりも前に、潜在的決定を脳が行っていたと解釈できる。


 反論もあるようだが、今も実験の結果自体は否定されていないという。本でこの実験を知った時は驚いた。次第にこう考えるようになった。脳の中には「自分の知らない自分」がいて、基本的に意識は脳内で起きたことの後追いをしているが、癖をよく知り対処することで間接的に自分を操ることはできる。


 ▽意識と反応


 普通に生きていても自分の知らない自分と対峙(たいじ)することは多い。例えばダイエットをすると決意し、空腹になっても間食をしないようにする。これは意識することで行える。一方で空腹になってしまうこと自体はコントロールできない。欲求はいつも内側からやって来て、自分で欲求を呼び起こすことはできない。


 練習を行う際でも、今自分はやる気が出ないからといって、ウオーミングアップをした状態でもやる気が出ていないとは限らない。人間の気分は変わりやすく、状況が違えば違う判断を下すことがある。だから、まずは練習場に行くところまでをやってみる。グラウンドに立っている自分は部屋にいて、あれこれ考えている自分とは違う考え方をするからだ。今の自分がずっとそうであるとは限らない。


 競技の最中は明らかに考えて行うことと、反射的に行うことが入り交じってくる。例えば卓球で相手はバックハンドが苦手だから、それを攻めるというのを意識する。これは私たちの意識の世界で行うことだ。


 いざラリーが始まると、いちいち思考していては間に合わない。ぼんやりと作戦を考えながら、一方で体はひたすらに反応しているという状態が好ましい。考え過ぎれば反応速度が遅くなり失敗するし、狙いがない状態で臨めば相手にいいようにしてやられる。


 「スポーツは頭を使う」という人がいるが、混同されがちだと感じる。反射的に判断することに関しての頭の使い方は球技でよく見られ、とにかく反応速度の速さに尽きる。他方で現状を分析し、どうすれば勝てるかを考えることも重要で、これは洞察力と思考力が必要になる。


 速さの領域に特化し、考えることはコーチに任せると割り切っている選手もいる。名選手が名コーチとは限らないのはこのあたりが影響しているように思う。


 ▽環境に適応


 人間の動作や思考の仕方が属する集団に影響を受けるとよく言われる。例えば歩行の仕方は育った環境に影響される。両親ともに日本人でも、アメリカで生まれ育てば上下動が大きいアメリカ人的な歩き方になる。


 何を当たり前にしている集団かということは、個々人の限界値に影響を与える。自分自身を変えようとするよりも、当たり前とする前提が違う集団に身を置いた方が案外、簡単に自分が変わっていく。自分で思っているよりも、自分というのははっきりしておらず、環境やポジションでいくらでも変わっていく。成長する選手はいつも、少し高めの環境に身を置き、適応することで自らを成長させていく。


 スポーツ心理学ではコントロールできないものは考えず、コントロールできるものに意識を向けるという考え方をする。自分の知らない自分をコントロールできなくても、周辺の環境はコントロールできる。場所を変え、見方を変え、パターンを変えることで、目指すものに近づくことができる。見知らぬ自分との付き合い方は、スポーツで学べることの一つだろう。(元陸上選手)


【第4回 生産性とトレーニング】
・【第3回 見知らぬ自分と付き合う スポーツで学べること】
【第2回 休む勇気】
【第1回 問われるスポーツの公平 科学の力で変容】

2016/11/21 14:26

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