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【為末大の視点】第1回 問われるスポーツの公平 科学の力で変容

為末大氏
 マルクス・レームという選手を知っているだろうか。五輪出場を目指しているドイツの義足の走り幅跳び選手だが、このレーム選手がリオデジャネイロ五輪に出場できるかどうかで陸上界が揺れ、今回は参加を断念することになった。


 2012年、ロンドン五輪に出場した南アフリカ代表のオスカー・ピストリウス選手が両脚義足で競技場に登場した時、大きな拍手で迎えられた。障害を抱えている体で研さんを積み、五輪出場を果たしたと感動する声がインターネット上でも多数だった。あれから4年、状況は随分変わっている。


 レーム選手もまた下腿(かたい)を切断しているパラリンピック選手だ。彼が昨年マークした記録は8メートル40。この記録をロンドン五輪に当てはめると金メダルを獲得してしまうレベルにある。ロンドンの時の空気から一転して、義足は不当に有利なのではないかという議論が湧き起こった。


 確かに彼の跳躍はゆっくりとした助走から義足側で踏み切った瞬間、突如体が空中高く跳び上がっているように見える。ドイツのケルン体育大学と日本の産業技術総合研究所の測定結果によれば、助走には不利、跳躍には有利で、結果として義足は有利とも不利とも言えないという発表が行われた。レーム選手は国際陸連の作業部会に新たなメンバーとして加わり、来年の世界選手権(ロンドン)に向けて規定の改正を目指すという。


 ▽本来の能力


 今後は遺伝子操作により、運動能力を向上させるという類いのドーピングが誕生してくる可能性がある。これまでのドーピングは検査で発覚することが多かった。ところが遺伝子はそもそも、体内に存在しているために調べることが難しい。


 また、仮に検査で調べることができるようになったとしても、別の問題が生まれる。例えば幼少期の病気を治療するために遺伝子操作を行った子どもはドーピングとなり、生涯にわたって競技会に出場できず、五輪選手にはなれないことになる。これは全ての子どもたちにとって公正と言えるのだろうか。


 人間本来の能力で競い合うということがスポーツの基本的な理念だが、そもそも本来の力とは何を指すのだろうか。例えば、視力を矯正するレーシックという手術があるが、これを受けた選手が射撃のような視力が影響する競技に出ることはある種の能力強化とは言えないだろうか。


 有酸素能力を必要とする陸上競技の長距離において、高地民族(エチオピア、ケニア)が有利であるということは知られている。同じような環境を人工的につくり出し、酸素量を減らした部屋で生活することで有酸素能力を高めようというトレーニング方法があるが、これは自分の本来の力と言っていいのか。科学の力で能力を引き上げている可能性があり、潤沢な資金と科学的なサポートチームがいる先進国でしかトレーニングが行えないことを考えると公平と言えるのだろうか。


 ▽人類の進化


 これから先、2020年東京五輪・パラリンピック以降、数十年の間に、私たちは未曽有のテクノロジーの進化を見ることになるだろう。これまでは技術的にできなかったが故に考える必要のなかった事例を目の当たりにすることになる。


 子どもの頃の病気を遺伝子操作で治療した競泳選手。素晴らしい性能を持った義足を履いた短距離選手。精子バンクに登録された有名アスリートの父を持つバスケットボール選手。できなかったことができるようになる時、スポーツのような生身の体で競い合っているものも、この影響から逃れることはできない。


 当たり前のように私たちが信じていた本来の力という言葉や、公平という言葉を一から考えなければならない時代が来ているのではないだろうか。


 できてしまうことが増えれば、どこまでやっていいかを考えなければならなくなる。その時に浮かび上がってくるキーワードは“人為的”というものだろうと考えている。これから先の50年は、少なくともスポーツというジャンルにおいて、人類はどこまで進化できるのかという問いから、人類はどこまで“人為的”に進化してもいいのかという問いに変容していくと思う。(元陸上選手)


 ◎為末大氏の略歴 

 
 ためすえ・だい 1978年、広島市生まれ。法政大卒。陸上男子400メートル障害で2001年と05年の世界選手権で銅メダルを獲得。五輪は00年シドニー、04年アテネ、08年北京と3大会連続出場。著書に「諦める力」「逃げる自由」など。


【第4回 生産性とトレーニング】
【第3回 見知らぬ自分と付き合う スポーツで学べること】
【第2回 休む勇気】
・【第1回 問われるスポーツの公平 科学の力で変容】

2016/08/23 13:41

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