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【日韓併合100年】1300年前から続く日韓交流。歴史を知り、隣人の思いに心をはせる日にしたい


韓国人は「国恥の日」として今も屈辱の思いを抱いている【岐阜新聞のコラム】九州は今も昔も東アジアの玄関口。熊本県北部の山鹿市には7世紀後半、大和朝廷が築いた朝鮮式山城「鞠智城(きくちじょう)」を復元した建物がある。▼当時の日本は大陸からの侵攻に戦々恐々だった。大和朝廷は白村江(はくそんこう)の戦い(663年)で唐・新羅連合軍に敗れ、西日本各地に山城を築いて防備を固めた。鞠智城はその一つで太宰府などに武器・食糧を補給する支援基地だった。▼県立装飾古墳館分館によると、鞠智城は小高い丘の上に築かれ、周囲3・5キロ、広さ55ヘクタール。72棟の建物や貯水池、土塁などの遺構が見つかり、一帯を歴史公園として鼓の音で時を知らせたり、見張りをする八角形鼓楼(ころう)、米倉(こめぐら)などの復元が進む。▼これらは仏教や大陸の文化を日本に伝えた百済の技術が生かされている。百済は唐・新羅連合軍に滅ぼされると、貴族や技術者が日本へ亡命し、彼らはありったけの知識や技術を大和朝廷に提供した。▼国を滅ぼされた人々の望郷の念はいかばかりだったろう。歴史公園を散策したとき、朝鮮半島を向く百済の貴族像の物悲しげな顔が印象に残った…2010年8月29日付「分水嶺」)全文はこちら

2010/08/29 14:05

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