【田口八重子さん】『瞼の母』の物語は結末が見えない
1歳では母親の面影を心に焼き付けることもできなかった【高知新聞のコラム】「実母の写真を見てもどのような感情を持てばいいのか分からないのです」。北朝鮮による拉致被害者、田口八重子さんの長男、飯塚耕一郎さんが、こんな心情を漏らしたことがある。▼現在は33歳だが、母親が姿を消した1978年当時はまだ1歳だった。3歳の時に母親と生き別れた体験がベースになったのは、劇作家、長谷川伸の名作「瞼(まぶた)の母」。1歳では母親の面影を心に焼き付けることもできなかった。▼母親の存在をたぐり寄せるきっかけは、87年の大韓航空機爆破事件。実行犯の一人、北朝鮮の金賢姫元工作員は、「李恩恵」という女性に日本語を習ったと証言。その後、李恩恵は田口八重子さんであることが分かる。おぞましい国際テロが背景にあったとはいえ、耕一郎さんにとって金元工作員はじかに母親を知る数少ない証人。来日した元工作員との面会は、母親の面影を一つ一つ積み上げる作業でもあった。▼会うことに大きな意味があったようで、横田めぐみさんの両親も同様の感想を口にした。おやっと思ったのは面会後の記者会見。耕一郎さんはこの日も母親のことを「田口八重子さん」と呼んだ…(2010年7月23日付「小社会」)全文はこちら
2010/07/23 11:08

