【朝青龍】「暴行は一切していない」「今のところ相撲は見る気がしない」 モンゴルで会見
モンゴル帰国会見 11日、引退後初めてモンゴルに帰国、首都ウランバートル市内で記者会見(写真)し、日本相撲協会について「悪口は言いたくないが、気に入らない要求もたくさんあった」と述べ、現役時代に多くの不満を抱えていたことを明らかにした。 元朝青龍関は、1月の初場所中に起こした一般人への暴行問題について「暴行は一切していない」と述べた。格闘技への転身もうわさされている今後の去就に関しては「今のところ具体的には何も考えていない」…(2010年3月11日、共同)記事全文を読む 会見要旨
「貴乃花と時代がクロスしていれば…」朝青龍の引退に思う 【スポーツリレーコラム】 朝青龍を初めて取材したのは、1999年1月上旬の朝だった。当時まだ18歳。高知・明徳義塾高から入門し、初場所の新弟子検査を受検した時だ。「目標は千代大海関と旭鷲山関です。一生懸命頑張って、お父さんとお母さんを喜ばせたい」。丸坊主の少年は引率の兄弟子に促され、相撲協会職員や報道陣に何度も深々と頭を下げていた。
私はその場所を最後にプロ野球担当となり、朝青龍との再会は相撲担当に復帰した3年後の1月。丸坊主の少年は新関脇だった。私のことなど覚えていないと思い、名刺を出して自己紹介しようとしたら、笑顔でさらっと言われた。「名刺なんかいらないですよ。新弟子検査にいたでしょ? 相撲に帰ってきたの? これからもよろしくね」。何て頭のいい男なんだろうと思った。それからあっという間に私の名前や会社名を誰かから聞き、覚えてくれた。1年後には横綱になり、7歳年上の私を「おい、田井!」と呼び捨てにしたが、やんちゃ坊主がそのまま大人になったみたいで、どこか憎めなかった…(2010年2月10日付)全文はこちら
・元朝青龍に特別功労金支給 日本相撲協会の臨時理事会(2010/02/10 14:09 共同通信)
善玉、悪玉【岐阜新聞のコラム】格闘技に善玉、悪玉がいる。プロレスでも悪玉がよければ試合は盛り上がる。テレビが登場して間もないころ、力道山が絶大な人気を保ち続けたのは、こうした「名悪玉」の活躍があったからだろう。

