【死刑をどうみる】わざと大きな罪を犯して死刑を望む傾向:考えてしまう
「自殺は痛そう」「死刑は怖くない」 【東奥日報のコラム】 自殺する代わりに確実に死ぬ手段として死刑になろうと考え、他人の命を奪った。身勝手極まりない。昨年3月に茨城で起きた連続殺傷事件で水戸地裁はそう指摘し、「自殺は痛そう」「死刑は怖くない」と言っていた金川真大被告に死刑判決を言い渡した。…8年前に大阪で校内児童殺傷事件を起こした宅間守死刑囚もそうだった。控訴しないで、刑の執行を受けた。金川被告や宅間死刑囚は特異な存在なのか。…厳罰化が進み、わざと大きな罪を犯して死刑を望む傾向も増えているという。死刑制度は今のままでいいのか。…(2009年12月19日付「天地人」)全文
【伊勢新聞のコラム】 衆院選立候補者十六人に対する本紙アンケートで、死刑制度については十一人が存続を支持、三人が反対、二人が存廃を明示しないまま代替制度の整備を主張していた。…▼肉親を殺され家族が犯人を殺してやりたいと思うのは当然である。しかし、思うことと、実際に殺すこととは違う。いま敵討ちの殺人が盛んなのはサスペンス劇場の中だけで、唯一の例外が、国家が報復の肩代わりをする死刑制度の存在ということになる ▼…例外的に許されるのが国家ばかりではないと考える人間が出てきた時、凶暴で、確信犯的な殺人事件が発生することを池田小事件などが教える(2009年8月28日付「大観小観」)全文
【中国新聞のコラム】 「(境遇を)憎むより/憎まれて死んで行こう」。永山則夫元死刑囚の手記「無知の涙」の一節だ。人は、死をなかなか受け入れられない。罪を自分の死で償おうと思ったとしても、きっと難しいのだろう…
▲きのうあった名古屋の女性会社員殺害の判決。被害者は一人だったが、三被告のうち二人に死刑が宣告された。何度も金づちで殴られ、はれ上がった顔。懸命に逃れようとした女性の手首には、手錠にあらがった内出血があった。裁判長は「無慈悲かつ残虐であり戦慄(せんりつ)を覚える」と断じた
▲何の落ち度もないのに、なぜ。金を奪おうと携帯の闇サイトで知り合った三人は、偶然通りかかった女性を狙っただけだった。「無念を晴らしたい」。娘の死を受け入れられない母親が、そう考えても無理はあるまい。極刑を求め続け、自首した一人への無期懲役に、なお納得できないという…(2009年3月19日付「天風録」)全文はこちら
被害者の母の記者会見記事はこちら(2009年3月18日共同)
◆「闇サイト殺人事件判決要旨」はこちら(共同通信)
【中日新聞のコラム】 一つの殺人事件の犠牲者が五人でも、個々の遺族の怒りや哀(かな)しみは五分の一にはならない。殺されたのが何人でも、奪われた一人は一人、100%の喪失である▼名古屋市で起きた拉致殺害事件で、母一人子一人の娘利恵さんを失った磯谷富美子さんの思いもそうだろう。…(2009年3月19日付「中日春秋」)全文はこちら
【中日新聞の社説】 名古屋市内で女性を拉致、殺害した闇サイト仲間三被告のうち二人に死刑が言い渡された。被害者一人の事件では異例だが、むごい手口や被害者の無念さ、遺族の悲嘆を思えば、やむを得ぬ判決だ。…
夫を白血病で失い、女手一つで育てた娘を失った母親の憤りは、察するに余りある。三被告の極刑を求めて母親が始めた署名活動には約三十万人分が集まった。自首した被告の一人は無期懲役とし、二人は極刑で臨むしかないという今回の判決はやむを得まい。
しかし、五月からに迫った裁判員制度を考えると、不安や懸念も浮き彫りになった。…(2009年3月19日付社説「闇サイト殺人 死刑判決はやむを得ぬ」)全文
死刑命令書をウェブで公開
法務省がウェブサイト運営者の請求に応じ、幼女連続誘拐殺人事件の宮崎勤元死刑囚らに対する死刑執行命令書を全面開示したことが13日、分かった。命令書は同日、ウェブで公開された。公開された宮崎元死刑囚に対する命令書は、昨年6月13日付。鳩山邦夫法相が樋渡利秋・東京高検検事長(当時、現検事総長)に「裁判言い渡しのとおり執行せよ」と命じている。宮崎元死刑囚は同月17日、東京拘置所で刑を執行された。命令書を開示請求し、公開したのは、ウェブユーザーの質問に専門記者らが答えるサイト「回答する記者団」の運営者佐藤裕一さん(33)。法務省は「死刑執行命令書の開示請求では、死刑囚のプライバシーに配慮し、一部を黒塗りにしてきたが、鳩山法相以来は全面的に開示している」としている。(2009/03/13 共同通信)
【西日本新聞】 これですべてが終わった。久間三千年死刑囚(70)の刑が執行された。…この事件は犯行場所も殺害状況も動機も、正確には何も真相が分かっていない。久間死刑囚は逮捕された1994年9月から最後の日まで、一貫して無実を主張した。…事件にかかわった複数の捜査関係者は「彼は家族を守るために否認を貫いた」と言う。犯行を認めれば自分の家族が崩壊する、冤罪のまま死ねば救われる‐と。もしそれが真実なら、久間死刑囚の心境をどう理解すればいいのか。久間死刑囚が奪った女児2人の命と家族の苦しみの重さと、必死で守り通した自らの家族への思いを。久間死刑囚には、語らなければならないことがたくさんあった。語らずに、この世を去った。もう少し時がたてば、あるいはその日が来たかもしれないという思いもぬぐえない。判決確定からわずか2年での執行には疑問が残る。発生から事件を追い続けた。いくつもの「なぜ」を残し、16年8カ月後の3人目の死をもって幕を閉じた。心は、晴れない。(10月29日)
死刑確定を報じる記事 小学1年女児2人誘拐殺害
死刑廃止議連 久間死刑囚「『否』貫く」
【中日新聞のコラムから】…<あさまの時/警察最高位の後藤田氏が/いま法相といふ巡り合せよ>。昨年上梓(じょうし)された連合赤軍指導部の一人、坂口弘死刑囚の歌集『常(とこ)しへの道』所収の一首。自らの死刑が確定した直後の一九九三年三月、後藤田正晴法相の下で、三年以上中断されていた死刑執行が再開された。その時の歌だ…鳩山邦夫法相の下で、もう十三人という執行数だ。法に沿うとは言っても、後藤田氏以来二十一人の法相で最多。昨年十二月からほぼ二カ月に一度というペースは、もはや「急いでいる」ようにしか見えぬ。裁判員制度を機に、死刑存廃や終身刑導入の議論が起きている折も折。あの獄中歌人なら、この法相の“駆け足”をどう歌うだろうか。(6月18日付「中日春秋」)
【西日本新聞のコラムから】 いつだったか、強盗殺人事件で死刑判決を言い渡した裁判官が途中で涙声になり、被告に控訴を勧めて話題になった。苦悩の深さを物語る。判決が確定した死刑囚に刑の執行を命じる人の苦悩もまた、時に話題になる。執行命令書への署名を拒んだ法相がいた。3年前に法相を務めた杉浦正健氏のように、就任時に「私はサインしません」と語った人もいる…(4月11日付「春秋」)
【西日本新聞のコラムから】…折しも増加中の死刑執行は、死刑判決が増えたことと無関係ではない。凶悪事件の多発が極刑を増やした。遺族感情重視の傾向がそれを後押ししている。そんな流れのなかで裁判員制度が迫る。…(4月24日付「春秋」)
☆別の新聞社コラム
長崎新聞2008年5月27日付「水や空」


こういう輩がいるからといって、「だから、死刑は廃止にしよう」とは思わない。死刑になりたがっているやつを「終身刑」にするという手もアリだとは思うが、それでも「究極の切り札」として死刑制度は存置すべきだ。
投稿者 Y30 : 2011年06月09日 16:07