「脳を鍛える」ゲームがヒットし、脳関連の本が書店にあふれている。すべての感覚をつかさどる脳は謎だらけのブラックボックスと見なされてきたが、「脳ブーム」をきっかけに脳の活動も身体同様に制御できるという見方が浸透した。こうした新しい“脳観”の登場は、「心とは何か」という古くて新しい問題を再燃させている。
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「あか!」「あお!」…。画面に表示された文字の色を、ゲーム機に向かってすばやく答える。赤色で書かれた「あお」という文字を目にして、思わず「あお」と叫んだら不正解。答えにもたついても駄目。最後にゲーム機が下す「脳年齢」の測定結果に老いも若きも一喜一憂する。これは、「脳トレ」ブームを起こした川島隆太(かわしま・りゅうた)東北大教授(50)監修のゲームソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」だ。


ブームのきっかけは、脳活動を危険なく観察できるMRI(磁気共鳴画像装置)などの普及にあった。人間を対象にできるようになった脳研究は未知の領域に踏み出し、成果はまず医療分野で表れ、一般消費者にまで波及したのが脳トレーニング関連商品だ。
「脳を鍛える―」のゲームづくりで活用された脳研究こそ、川島教授提唱の「学習療法」だ。計算や音読の反復で、脳の前頭前野を働かすことで感覚が高まり、認知症の改善などに効果を示す。大学生対象の計測では、学習後に前頭前野の体積が増大したという。「人々が、脳はつくりかえられるという明白なイメージを持てた。この5~10年の間に起こした脳観における最大の転換です」
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ブームは、膨大な数の脳に関する本を生み出した。タイトルに「脳」が入った本はここ1年半に出ただけで600冊以上。脳に関する病気の解説書から幼児教育への応用、はては「億万長者脳」「美人脳」などの変わり種まで実にさまざま。
百家争鳴の中で、堅実な研究実績が評価されているのが池谷裕二(いけがや・ゆうじ)東大准教授(39)。MRIなどを使った、「認識」が脳内でどう表れるかの研究の積み重ねと、それに基づく脳ブームには批判的だ。「いわば観察日記をつけているだけ。これを抜け出さない限り先に進めない」
例えば、恋愛中に脳のある部位が活性化したとする。「恋愛」と「活性化」との間に相関は認められるが、「直接の因果関係は分からない。そもそも脳と外部環境との相互的なかかわり、フィードバックにまで目を向ける必要があると思う」。
異なる研究手法を取りながら、真に突き詰めたいことに関しては一致する。それは「人間の心とは何か」―。川島教授は「心は脳にある」という仮説の下、脳の解明によって「心の全体像が見えてくるかもしれない」と力説する。一方、池谷准教授は脳より、身体を通じた自身の経験によって心が発生するとみる立場だ。
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脳科学は今、ゴールである「心」を目指して多くの優れた科学者が多彩な手法で研究にまい進している。サイエンスライターの竹内薫(たけうち・かおる)さん(49)は「脳研究は緒についたばかり。ブラックボックスが一つ開いたら、次から次へと新たなブラックボックスが見えてきて一つ一つ開けているような状態。実はまだほとんど分かってはいないのに、一般の人は『結構分かってきている』と思い込んでいる」と戸惑う。
ただし、研究成果の医療分野への応用は着実に進んでいるのも事実。「人類の幸福に寄与する最先端科学」への人々の期待は収まりそうにない。(斉藤泰行共同通信記者)


