大転換 第8部 感覚が変わる3

 「脳を鍛える」ゲームがヒットし、脳関連の本が書店にあふれている。すべての感覚をつかさどる脳は謎だらけのブラックボックスと見なされてきたが、「脳ブーム」をきっかけに脳の活動も身体同様に制御できるという見方が浸透した。こうした新しい“脳観”の登場は、「心とは何か」という古くて新しい問題を再燃させている。 

 「あか!」「あお!」…。画面に表示された文字の色を、ゲーム機に向かってすばやく答える。赤色で書かれた「あお」という文字を目にして、思わず「あお」と叫んだら不正解。答えにもたついても駄目。最後にゲーム機が下す「脳年齢」の測定結果に老いも若きも一喜一憂する。これは、「脳トレ」ブームを起こした川島隆太(かわしま・りゅうた)東北大教授(50)監修のゲームソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」だ。 

最先端の脳診断機器(東北大加齢医学研究所提供)

心の在りの謎が再燃

高まる医療分野での期待

脳の模型を前に、インタビューに答える東北大の川島隆太教授=仙台市(共同)

 ブームのきっかけは、脳活動を危険なく観察できるMRI(磁気共鳴画像装置)などの普及にあった。人間を対象にできるようになった脳研究は未知の領域に踏み出し、成果はまず医療分野で表れ、一般消費者にまで波及したのが脳トレーニング関連商品だ。 

 「脳を鍛える―」のゲームづくりで活用された脳研究こそ、川島教授提唱の「学習療法」だ。計算や音読の反復で、脳の前頭前野を働かすことで感覚が高まり、認知症の改善などに効果を示す。大学生対象の計測では、学習後に前頭前野の体積が増大したという。「人々が、脳はつくりかえられるという明白なイメージを持てた。この5~10年の間に起こした脳観における最大の転換です」

 ブームは、膨大な数の脳に関する本を生み出した。タイトルに「脳」が入った本はここ1年半に出ただけで600冊以上。脳に関する病気の解説書から幼児教育への応用、はては「億万長者脳」「美人脳」などの変わり種まで実にさまざま。 

 百家争鳴の中で、堅実な研究実績が評価されているのが池谷裕二(いけがや・ゆうじ)東大准教授(39)。MRIなどを使った、「認識」が脳内でどう表れるかの研究の積み重ねと、それに基づく脳ブームには批判的だ。「いわば観察日記をつけているだけ。これを抜け出さない限り先に進めない」

 例えば、恋愛中に脳のある部位が活性化したとする。「恋愛」と「活性化」との間に相関は認められるが、「直接の因果関係は分からない。そもそも脳と外部環境との相互的なかかわり、フィードバックにまで目を向ける必要があると思う」。

 異なる研究手法を取りながら、真に突き詰めたいことに関しては一致する。それは「人間の心とは何か」―。川島教授は「心は脳にある」という仮説の下、脳の解明によって「心の全体像が見えてくるかもしれない」と力説する。一方、池谷准教授は脳より、身体を通じた自身の経験によって心が発生するとみる立場だ。

 脳科学は今、ゴールである「心」を目指して多くの優れた科学者が多彩な手法で研究にまい進している。サイエンスライターの竹内薫(たけうち・かおる)さん(49)は「脳研究は緒についたばかり。ブラックボックスが一つ開いたら、次から次へと新たなブラックボックスが見えてきて一つ一つ開けているような状態。実はまだほとんど分かってはいないのに、一般の人は『結構分かってきている』と思い込んでいる」と戸惑う。 

 ただし、研究成果の医療分野への応用は着実に進んでいるのも事実。「人類の幸福に寄与する最先端科学」への人々の期待は収まりそうにない。(斉藤泰行共同通信記者)

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第1部 世界が変わる
第2部 生き方が変わる
第3部 日本人が変わる
第4部 資本主義が変わる
第5部 老いが変わる
第6部 働き方が変わる
①迷走する金融資本主義 ①見えてきた「生存」 ①ペンキ塗りの技伝える ①通貨暴落、住宅ローン倍に ①97歳の「出張授業」 ①海に生きる
②オバマに託す夢 ②「貧乏」を逆手に ②安い労働力、国外に求め ②「反資本主義」広がる支持 ②ボランティアで症状緩和 ②半農半X
③変革の裏側で ③女たちのルネサンス ③銀座に香港の「寿司王」 ③モノあふれ、価値観激変 ③バリアだらけで自立促す ③障害者の就労
④過熱した美術市場 ④「障害」を見つめる ④国籍捨て政治家目指す ④低価格車に誇り抱く ④ふれあう「命」支える ④派遣を超える
⑤砂漠の技術者 ⑤農村が都会動かす ⑤言葉の壁越え高校合格 ⑤大学起点に企業集団 ⑤技術が補う身体機能 ⑤面白法人でいく
⑥サムライ流多元主義 ⑥リアルを求めて ⑥ニューカマーが示す未来 ⑥目標捨てず、驚異の回復 ⑥山に生きる
⑦気付けば少数“先住民”
第7部 食が変わる
第8部 感覚が変わる
第9部 まつりごとが変わる
第10部 リサイクルが変わる
第11部 恋愛が変わる
第12部 権利が変わる
①中国ネット企業が養豚参入 ①体験と結び付き記憶に ①旋風過ぎ、残る重圧感 ①下水道から黄金取り出せ ①おせっかいかもしれないが ①裁判が認めた風景の価値
②資源も収入も減る一方 ②体震わす文脈なき歌詞 ②ネット選挙“加速”へ ②バイオ燃料、起点に循環 ②トラブル避けて出会い模索 ②納得して死んでいきたい
③「いただく」を実感 ③体との境界あいまいに ③投票率上がれ、学生奮起 ③鉱山技術で資源回収 ③わが子思い仲介に奔走 ③機関投資家の責任重く
④実態伝えぬ自給率 ④心の在りかの謎が再燃 ④初めて棄権、次は民主も ④大打撃の中古車ビジネス ④「光の出会い」幸せつかむ ④国際化の波、家族観にも
⑤捨てない努力が根付く ⑤想像し、深く感じ取る ⑤共感力失い政権転落 ⑤古民家を離島体験の拠点に ⑤彼女は画面に映るキャラ ⑤吹き荒れる逆風、でも…
⑥1日300錠の“食事” ⑥本をちゃんと届けたい ⑥性を超え、結婚を超えて ⑥“自主カメラ”急増中
⑦栄養の謎に挑む研究者 ⑦長距離ドライブを相乗り