大転換 第8部 感覚が変わる2

 ドラムの4連打から間髪を入れずギターがフレーズを響かせ、会場を埋め尽くす観客は一斉に激しく体を揺らし始める。ギター兼ボーカルのTKは時に声をからして絶叫。歌詞ははっきり聴き取れないが、メンバーの素朴なたたずまいからは想像もつかない音圧とうねりが、体の芯を震わす。 

 今春発売されたメジャーデビュー作がオリコンの週間チャート4位を記録したロックバンド「凛(りん)として時雨」。所属するレコード会社の担当者でさえ「こんなメジャー的じゃないバンドがここまで売れるなんて…」と驚きを隠せない。 

 心情や情景が想像しやすい歌詞を、聴き手が共感できる

「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」で盛り上がる若者たち=1日、茨城県ひたちなか市(共同)

体震わす文脈なき歌詞

ただ感じて、楽しみたい

「凛として時雨」のライブ=6月、東京都江東区の「Zepp Tokyo」(河本悠貴氏撮影)

ようにはっきりと歌う―。日本のヒットチャートでは、長くそれが商業的成功の前提条件とされてきた。しかし今、その“方程式”が大きく転換しつつある。

 「相対性理論」も従来の型に収まらないバンドのひとつ。CD店の店員らが選ぶ賞で、多くのヒットメーカーを抑えて大賞に輝いている。 

 「太平洋/大西洋/ここ一体何平洋よ」。ボーカルのやくしまるえつこが淡々と歌う歌詞には特に文脈はなく、何らかの意味を伝えようという意図は感じられない。それでいて、言葉が連鎖的に増殖するような語感の心地よさが、聴き手の心に染み込むようだ。 

 作家の古川日出男(ふるかわ・ひでお)さん(43)は、「韻」の力に注目する。「歌とは本来、韻を踏むもので、その気持ちよさが実は長く失われていた。身体感覚に直接迫ってくる『凛として時雨』も含め、原初的な感覚に立ち戻っているのでは」と指摘する。

 「この二つのバンドには衝撃を受けた」。精神科医の斎藤環(さいとう・たまき)さん(47)は「相対性理論」などの音楽の背後に現代人の感覚の変容を感じ取る。キーワードは「解離」だ。 

 「解離とは心の中のつながりが切れた状態」のこと。「凛として時雨」の外見と音楽のギャップ、感情を排しながら不思議な雰囲気を醸し出す「相対性理論」―。それらを支持するリスナーは「歌詞に共感するのでなく、その場その場のノリを渡り歩いている」とする。

 何がこの変化をもたらしたのか。「2001年9月11日のアメリカ同時多発テロのインパクトが大きかった」と指摘するのは音楽雑誌編集長のMMMatsumotoさんだ。「アメリカが掲げるもっともらしい正義の“うそ”が露呈し、分かりやすい説明が疑わしいものになってしまった」 

 さらに不況、就職難、年金問題などが重なり、若者の間に社会に流布する意味のある言葉への不信、失望が深まったとみる。「価値観を制約しないインターネットに出口を見いだした人が多様な音楽に救われ、聴覚も広がったのではないか」 

 社会への信頼が崩れ、もっともらしい言葉の意味がかつてのように個人を束ねる力を持ち得なくなったとしたら―。残された「信じられるもの」は、一人一人が体感する生々しい身体感覚だったのかもしれない。 

 8月、茨城県ひたちなか市の海浜公園で行われた「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」。照り付ける太陽の下、広大な敷地に点在するステージからは絶えず音楽が聞こえてくる。

 ビールを片手にくつろぐ川崎市の男性会社員(27)は「この空間がたまらない」と満足げ。かつて「ウッドストック」「ライブエイド」などが掲げた反戦、難民救済といったメッセージ性はここにはない。「メッセージなんて別に…。ただ身体で感じて、楽しみたいだけだねえ」(瀬木広哉共同通信記者)


第1部 世界が変わる
第2部 生き方が変わる
第3部 日本人が変わる
第4部 資本主義が変わる
第5部 老いが変わる
第6部 働き方が変わる
①迷走する金融資本主義 ①見えてきた「生存」 ①ペンキ塗りの技伝える ①通貨暴落、住宅ローン倍に ①97歳の「出張授業」 ①海に生きる
②オバマに託す夢 ②「貧乏」を逆手に ②安い労働力、国外に求め ②「反資本主義」広がる支持 ②ボランティアで症状緩和 ②半農半X
③変革の裏側で ③女たちのルネサンス ③銀座に香港の「寿司王」 ③モノあふれ、価値観激変 ③バリアだらけで自立促す ③障害者の就労
④過熱した美術市場 ④「障害」を見つめる ④国籍捨て政治家目指す ④低価格車に誇り抱く ④ふれあう「命」支える ④派遣を超える
⑤砂漠の技術者 ⑤農村が都会動かす ⑤言葉の壁越え高校合格 ⑤大学起点に企業集団 ⑤技術が補う身体機能 ⑤面白法人でいく
⑥サムライ流多元主義 ⑥リアルを求めて ⑥ニューカマーが示す未来 ⑥目標捨てず、驚異の回復 ⑥山に生きる
⑦気付けば少数“先住民”
第7部 食が変わる
第8部 感覚が変わる
第9部 まつりごとが変わる
第10部 リサイクルが変わる
第11部 恋愛が変わる
第12部 権利が変わる
①中国ネット企業が養豚参入 ①体験と結び付き記憶に ①旋風過ぎ、残る重圧感 ①下水道から黄金取り出せ ①おせっかいかもしれないが ①裁判が認めた風景の価値
②資源も収入も減る一方 ②体震わす文脈なき歌詞 ②ネット選挙“加速”へ ②バイオ燃料、起点に循環 ②トラブル避けて出会い模索 ②納得して死んでいきたい
③「いただく」を実感 ③体との境界あいまいに ③投票率上がれ、学生奮起 ③鉱山技術で資源回収 ③わが子思い仲介に奔走 ③機関投資家の責任重く
④実態伝えぬ自給率 ④心の在りかの謎が再燃 ④初めて棄権、次は民主も ④大打撃の中古車ビジネス ④「光の出会い」幸せつかむ ④国際化の波、家族観にも
⑤捨てない努力が根付く ⑤想像し、深く感じ取る ⑤共感力失い政権転落 ⑤古民家を離島体験の拠点に ⑤彼女は画面に映るキャラ ⑤吹き荒れる逆風、でも…
⑥1日300錠の“食事” ⑥本をちゃんと届けたい ⑥性を超え、結婚を超えて ⑥“自主カメラ”急増中
⑦栄養の謎に挑む研究者 ⑦長距離ドライブを相乗り