大転換 第7部 食が変わる7

 おなかの調子を整えるためヨーグルトを食べる。貧血気味なら鉄分の多い食事をする。食べることで体調を整え、病気を防げることは誰もが知っているが、その仕組みは分かっていないことが圧倒的に多い。ゲノム(全遺伝情報)などの最新の知見で、この謎に取り組む研究者たちがいる。 

 東京都文京区の東京大農学部地下1階の研究室。中井雄

栄養の謎に挑む研究者 ココアの肥満防止効果

栄養の謎に挑む研究者

食の未来、見据えて

東京大農学部で、数万個の遺伝子が並べられたガラスの基板を手にする中井雄治特任准教授。後方は基板をスキャンした画像の一部=東京都文京区(共同)

治(なかい・ゆうじ)特任准教授が見詰めるコンピューターの液晶画面に赤や緑、青などの点が無数に広がる。実験用ラットの全遺伝子の分析結果。点の色は調べたい遺伝子の量を示す。「亜鉛が欠乏するとどんな変化が出るか」「絶食した場合は」。中井准教授の研究テーマだ。 

 特定の栄養を与えたり欠乏させたりしたラットと、通常のラットそれぞれの約2万種類の遺伝子全体を解析する。人やラットなどゲノムが解読できた生物は、どの遺伝子が変化したか分かれば、何に効果があるかのエビデンス(科学的根拠)になる。「ニュートリゲノミクス」と呼ばれる最先端分野だ。 

 研究は阿部啓子(あべ・けいこ)教授や中井准教授らが中心となり、30社以上の企業も参加。ココアを与えたラットは脂肪を蓄える遺伝子が減る一方、脂肪を燃焼させる遺伝子が増えることが判明、成分のポリフェノールに肥満防止効果があることが証明されるなど成果を上げている。

 阿部教授は「食べ物で遺伝子の好ましくない変動を抑えられれば、病気の予防や、発症を遅らせることも可能になる」と語った。

 大手しょうゆメーカーのキッコーマンも研究に加わった。ブドウの種から抽出したポリフェノール「プロアントシアニジン」にも、ココアのポリフェノールと同様に肥満を防ぐ効果があることを確定した。現在は、トマトの皮から抽出した「ナリンゲニンカルコン」を解析する。 

 「新たな効果判明への期待はある」と研究開発第3部の西村郁子(にしむら・いくこ)さん。しかし商品化までには障害も多い。効果を明記するには「特定保健用食品」として認可を受ける必要があるが、申請から1年以上もかかり、コストも大きい。それでも研究に参加するメリットを西村さんは「進展の速い分野。最新の考え方をキャッチできる」と明かした。  こうした研究の将来について、阿部教授は「性別や年齢、家系にどんな病気が多いかなど一人一人に合わせ、どんな物を食べるべきかというレベルまで解明しなければいけない」と考えている。 

 例えば、家族に高血圧の人が多い人は、発症を抑えるためにどんな食品をどのくらい食べればいいのか。「家庭医のような人に相談すれば、薬を処方する前に食事のアドバイスをするような形になるのでは。薬と食品が、一つになることもあるのかも」と阿部教授。 

 しかし、ポリフェノールだけでも非常に多く、無数にある栄養成分をすべて解析するのは大変な作業だ。遺伝子変動をラットでなく人体で調べるコストも膨大だ。「国家的なプロジェクトとして取り組むべきだ」と阿部教授は強調する。 

 すべての解析が終わるころ、われわれの「食」は大きな変化を遂げるのだろうか。「錠剤ですべての栄養を取るような形にはならない。体に良くても続きません。やっぱり食事は、毎日おいしく食べていたいじゃないですか」。未来を見据える研究者は、簡潔に答えた。(増永修平共同通信記者)


第1部 世界が変わる
第2部 生き方が変わる
第3部 日本人が変わる
第4部 資本主義が変わる
第5部 老いが変わる
第6部 働き方が変わる
①迷走する金融資本主義 ①見えてきた「生存」 ①ペンキ塗りの技伝える ①通貨暴落、住宅ローン倍に ①97歳の「出張授業」 ①海に生きる
②オバマに託す夢 ②「貧乏」を逆手に ②安い労働力、国外に求め ②「反資本主義」広がる支持 ②ボランティアで症状緩和 ②半農半X
③変革の裏側で ③女たちのルネサンス ③銀座に香港の「寿司王」 ③モノあふれ、価値観激変 ③バリアだらけで自立促す ③障害者の就労
④過熱した美術市場 ④「障害」を見つめる ④国籍捨て政治家目指す ④低価格車に誇り抱く ④ふれあう「命」支える ④派遣を超える
⑤砂漠の技術者 ⑤農村が都会動かす ⑤言葉の壁越え高校合格 ⑤大学起点に企業集団 ⑤技術が補う身体機能 ⑤面白法人でいく
⑥サムライ流多元主義 ⑥リアルを求めて ⑥ニューカマーが示す未来 ⑥目標捨てず、驚異の回復 ⑥山に生きる
⑦気付けば少数“先住民”
第7部 食が変わる
第8部 感覚が変わる
第9部 まつりごとが変わる
第10部 リサイクルが変わる
第11部 恋愛が変わる
第12部 権利が変わる
①中国ネット企業が養豚参入 ①体験と結び付き記憶に ①旋風過ぎ、残る重圧感 ①下水道から黄金取り出せ ①おせっかいかもしれないが ①裁判が認めた風景の価値
②資源も収入も減る一方 ②体震わす文脈なき歌詞 ②ネット選挙“加速”へ ②バイオ燃料、起点に循環 ②トラブル避けて出会い模索 ②納得して死んでいきたい
③「いただく」を実感 ③体との境界あいまいに ③投票率上がれ、学生奮起 ③鉱山技術で資源回収 ③わが子思い仲介に奔走 ③機関投資家の責任重く
④実態伝えぬ自給率 ④心の在りかの謎が再燃 ④初めて棄権、次は民主も ④大打撃の中古車ビジネス ④「光の出会い」幸せつかむ ④国際化の波、家族観にも
⑤捨てない努力が根付く ⑤想像し、深く感じ取る ⑤共感力失い政権転落 ⑤古民家を離島体験の拠点に ⑤彼女は画面に映るキャラ ⑤吹き荒れる逆風、でも…
⑥1日300錠の“食事” ⑥本をちゃんと届けたい ⑥性を超え、結婚を超えて ⑥“自主カメラ”急増中
⑦栄養の謎に挑む研究者 ⑦長距離ドライブを相乗り