魚や野菜と違い表に出ることの少なかった食肉の生産過程を、食の安全を求める消費者の声に応え公開しようという試みが始まっている。残酷な場面に戸惑うことがあっても、現場を知ることは偏見をなくし、消費者は「命をいただく」ことの意味を実感するという。
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「バチン」。細い鉄製の棒が数センチだけ飛び出る特殊な銃を頭に当てると、体重500キロを超える黒毛和牛の巨体がひざから一気に崩れ落ちた。
6月下旬、ブランド牛「神戸牛」の産地、兵庫県加古川市の加古川食肉センター。全国に約210ある食肉処理場の中で、内部を消費者に見学させている数少ない処理場の一つだ。
職人が素早くナイフを入れると、数十リットルもの血が噴き出した。放血と呼ばれる大事な工程。ウインチを掛けて逆さにつるし皮をはがす。頭部を切り取り腹にナイフを入れると


内臓が流れ落ちた。見学者は一様に驚きの声を上げ、目を伏せる人もいる。
「最初はグロい(=グロテスク)と思った」。職場体験授業の一環で訪れた中学2年の男子生徒(14)が打ち明ける。しかし説明を聞くうち「牛に感謝しなければならない。好き嫌いはやめよう」と感じ始めたという。
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担当教諭は「命とは何か。食べるとはどういうことか。生徒は人が生きるということを教わったと思う」。加古川食肉産業協同組合の中尾政国(なかお・まさくに)理事長(57)も「肉を食べるとは命を“いただく”こと。きちんと血を抜かなければおいしい肉になりません」と話す。
すべての工程が終わり、倉庫には100本以上の枝肉が並んだ。最高級と認定された枝肉だけに「神戸肉」の印が押される。
センターが見学室を設けたのは日本で初めて牛海綿状脳症(BSE)の牛が確認された2001年。当時、牛肉を食べると感染の恐れがあるといううわさが広まり学校給食から牛肉が消えた。
中尾理事長は安全性のアピールにつながると考え公開に踏み切った。センターは各ゾーンが厳しく分離され、衛生管理が徹底されている。BSEを引き起こす異常プリオンが蓄積している可能性がある脊髄(せきずい)を取り出す作業も見せた。ナイフは1頭ごとに消毒している。
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食肉処理の分野では、働く人たちが職業差別の長い歴史を背負ってきた。中尾理事長は「公開によってその歴史を知り、差別や偏見がなくなるきっかけになってほしい」と話す。消極的な人は自ら説得して回った。「牛の解体作業は自動車工場と同じで社会を構成する大事な仕事の一つ。わたしたちは誇りを持っている」
見学者は年々増えた。昨年は消費者団体や学校教諭、中学生ら約千人。抽選で選ばれた100人に上る主婦らも訪れ

た。肥育農家を訪ね、最後に焼き肉を食べるツアーも開催した。
東京・品川にある日本最大の中央卸売市場食肉市場も02年、「お肉の情報館」を設置。食肉処理過程を映像で見せ、年間6千人近くを集めている。
センターの敷地の一角には「畜魂碑」と書かれた大きな石碑が立つ。職員らは毎年の式典に喪服を着用して参列する。石碑の前には一年中、花が絶えないという。
(沢野林太郎共同通信記者 )


