大転換 第6部 働き方が変わる1

 「この子が一般企業で働くなんて無理」。親も福祉関係者もそう思っていた重度の知的障害者が、大手企業で働く例が増えている。受け入れる企業側もかつての「慈善事業」というとらえ方から、通常の経営の一環に変わりつつある。

 東京都新宿区。新宿駅前のデパート激戦区から5キロ離れた住宅街に、伊勢丹の子会社「伊勢丹ソレイユ」がある。店頭で使われる贈答用の箱作りやリボン付け、伝票の分類などを引き受ける会社だ。 

 ここで働く棚谷聡(たなや・さとし)さん(37)は、重度の知的障害を伴う自閉症。しかし、健常者ならすぐ嫌になってしまうスタンプ押しや紙の折り畳みといった単純作業を続けられるという特性を持つ。 

 同社は社員46人のうち36人が障害者、さらにそのうち23

「伊勢丹ソレイユ」で、慣れた手つきで伝票にスタンプを押していく障害者=東京都新宿区(共同)

福祉の殻破り、企業へ

「働ける人もっといる」

真剣な表情で作業する棚谷聡さん=東京都新宿区の「伊勢丹ソレイユ」(共同)

人は重度の知的障害者という「特例子会社」。一定規模の企業は全従業員の1・8%以上、障害者を雇うことが義務付けられているが、特例子会社を設ければ、その雇用者数を企業グループ全体の雇用率に算入できるという制度だ。 

 棚谷さんは都内の養護学校(現・特別支援学校)を卒業後、2007年のソレイユ就職まで新宿区の授産施設「新宿あした作業所」に17年間通った。授産施設は最低賃金が適用されない「福祉的就労」と呼ばれる形態で、棚谷さんの当時の工賃は月額4万円弱。それでも高いほうで、全国平均はわずか1万2千円だ。

 「ここに囲っていていいのか」。棚谷さんが就職する2年前の05年、作業所長だった小山元太(こやま・げんた)さん(33)が声を上げる。「この人たちの能力はもっと社会で生かせるはずだ」との思いがあった。06年には、地域社会での自立生活や企業への就職を促す障害者自立支援法が施行され、流れにもうまく乗った。 

 最大のハードルは、過保護になりがちな親の意識だった。棚谷さんの母、清子(きよこ)さん(65)も「作業所は居心地のいい温泉のよう。わざわざ就職して苦労することはない」と消極的だった。 

 しかし、ソレイユの見学会で同じ自閉症の社員が働く姿を目の当たりにして意識が変わる。「私自身の『自閉』の扉が開いた」と、母は息子を福祉の世界から社会に送り出した。

 今、棚谷さんの月給は約10万円。給料日に好きなアニメのDVDが買えるようになった。今は「ボーナスでテレビを買いたい」と話す。 

 婦人服のバイヤーや得意先への営業などを担当する「普

作業手順がイラスト入りで綿密に書かれた棚谷さんのノート(共同)

通の百貨店マン」だったソレイユの四王天正邦(しおうでん・まさくに)社長(52)は、就任当初「障害者がどこまで仕事ができるのか、正直、分からなかった」と打ち明ける。だが、単純作業を何時間でも丁寧に続ける姿に「この持続性と正確性は、彼らでなければできない」と、すぐに認識を改めた。

 店頭に立つ社員の働き方も変わった。ソレイユが請け負う作業は、販売員が接客時間を割いてやっていた仕事。販売員は本来業務に専念でき、残業も減った。「最初は社会貢献と思って始めたが、彼らが〝会社貢献〟している」と四王天社長。  

 特例子会社設立の動きはここ数年、業種を問わず広がっており、今年3月現在、255社を数える。しかし福祉施設から企業に就職する人は年間1・4%と、まだ一握りにすぎない。  

 「支援態勢を整えれば働ける人はたくさんいる。福祉と企業の連携がもっと必要」。四王天社長と作業所の小山さんの共通した認識だ。(市川亨共同通信記者 )

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第1部 世界が変わる
第2部 生き方が変わる
第3部 日本人が変わる
第4部 資本主義が変わる
第5部 老いが変わる
第6部 働き方が変わる
①迷走する金融資本主義 ①見えてきた「生存」 ①ペンキ塗りの技伝える ①通貨暴落、住宅ローン倍に ①97歳の「出張授業」 ①海に生きる
②オバマに託す夢 ②「貧乏」を逆手に ②安い労働力、国外に求め ②「反資本主義」広がる支持 ②ボランティアで症状緩和 ②半農半X
③変革の裏側で ③女たちのルネサンス ③銀座に香港の「寿司王」 ③モノあふれ、価値観激変 ③バリアだらけで自立促す ③障害者の就労
④過熱した美術市場 ④「障害」を見つめる ④国籍捨て政治家目指す ④低価格車に誇り抱く ④ふれあう「命」支える ④派遣を超える
⑤砂漠の技術者 ⑤農村が都会動かす ⑤言葉の壁越え高校合格 ⑤大学起点に企業集団 ⑤技術が補う身体機能 ⑤面白法人でいく
⑥サムライ流多元主義 ⑥リアルを求めて ⑥ニューカマーが示す未来 ⑥目標捨てず、驚異の回復 ⑥山に生きる
⑦気付けば少数“先住民”
第7部 食が変わる
第8部 感覚が変わる
第9部 まつりごとが変わる
第10部 リサイクルが変わる
第11部 恋愛が変わる
第12部 権利が変わる
①中国ネット企業が養豚参入 ①体験と結び付き記憶に ①旋風過ぎ、残る重圧感 ①下水道から黄金取り出せ ①おせっかいかもしれないが ①裁判が認めた風景の価値
②資源も収入も減る一方 ②体震わす文脈なき歌詞 ②ネット選挙“加速”へ ②バイオ燃料、起点に循環 ②トラブル避けて出会い模索 ②納得して死んでいきたい
③「いただく」を実感 ③体との境界あいまいに ③投票率上がれ、学生奮起 ③鉱山技術で資源回収 ③わが子思い仲介に奔走 ③機関投資家の責任重く
④実態伝えぬ自給率 ④心の在りかの謎が再燃 ④初めて棄権、次は民主も ④大打撃の中古車ビジネス ④「光の出会い」幸せつかむ ④国際化の波、家族観にも
⑤捨てない努力が根付く ⑤想像し、深く感じ取る ⑤共感力失い政権転落 ⑤古民家を離島体験の拠点に ⑤彼女は画面に映るキャラ ⑤吹き荒れる逆風、でも…
⑥1日300錠の“食事” ⑥本をちゃんと届けたい ⑥性を超え、結婚を超えて ⑥“自主カメラ”急増中
⑦栄養の謎に挑む研究者 ⑦長距離ドライブを相乗り