都会から山里に移り住み、自給自足程度の田畑を耕しながら、自分が天職とする仕事“X”を両立させる。「半農半漁」ならぬ「半農半X」と呼ばれる生き方が、静かに広がっている。発信源となった京都府北部の綾部市には各地から人びとが集まり、高齢化や耕作放棄に悩んできた農村の風景は変わりつつある。
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里山から霧が立ち上り、ヒバリが鳴く田園風景が広がる。京都駅から特急で1時間余りで人口3万7千人の綾部市。京都市に住んでいた看護師の都間(つま)ひとみさん(38)は昨年2月、綾部の中心部から車で小一時間の山間部の小集落に移住した。空き家だった古民家に住み野菜や米作りをしながら、地域のデイサービスで週4日働く。
「都会の病院では、数字や機械に管理されていた。収入は半減したけれど、必要な買い物は油揚げや豆腐ぐらい。そし


て民俗文化や地域の人との触れ合いがある」
綾部には翻訳家や技術者、自然食研究家らが半農半Xの生き方を求めて集まっている。空き家の情報を求めて市に登録している人は400人。既に移住した中には50人ほどの芸術家もいる。
「綾部を日本のバルビゾンに」。ミレーらが田園風景を描いたフランスの村を引き合いに出すのは、パリから約30年前に故郷に戻った画家関輝夫(せき・てるお)さん(61)と妻の範子(のりこ)さん(67)だ。自宅は音楽家や陶芸家が集う芸術活動の拠点となっている。
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半農半Xは綾部市で都会の住民との交流や定住支援に携わる塩見直紀(しおみ・なおき)さん(44)が提唱、2003年に綾部の人びとの生き方を紹介した本で反響を呼んだ。塩見さんは自分が本当にやりたい仕事を探す勉強会を主宰、首都圏の若者らの参加が多い。「若い人ほど環境や雇用、年金などに対する危機感が強い」と見る。
塩見さんは大阪の会社で社会貢献事業を担当していた。当時、屋久島で暮らしていた作家の星川淳(ほしかわ・じゅん)さんが、環境に負荷の少ない小さな農を営みながら、著作に打ち込む生活を「半農半著」と呼んでいるのを知る。“著”の代わりに各人の天職の意味で“X”を当てはめた半農半Xが21世紀の生き方と確信した。
「食料自給率が低いと政府を批判する前に、自分で耕してみよう」と10年前に兼業農家の実家に帰る。子どものころ母親を42歳で亡くした。「仮に残りの人生がわずかならどう生きよう」と自問するうち、都会と綾部をつなぐ仕事が自分のXとなった。
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塩見さんは都市住民らに水田を提供し、1人が1年に食べ

る量のイネを手作業で栽培するプロジェクトも手掛ける。無農薬で草取りが大変だが、今年は京阪神から11組が参加した。
神戸育ちの男性(28)は「自分で作った米を『いただきます』と言って食べたい」と笑顔。京都市の写真家(35)は「終身雇用が揺らぐ中、食が保障されればやりたいことに打ち込める」と半農半Xへの関心を語った。綾部に来る人びとに触発され、地元住民も変わった。ホタルが飛び交う渓流の近くに暮らす芝原キヌ枝(しばはら・きぬえ)さん(76)は70歳を目前にして、農家民泊というXを見つけた。集落の人口は減り、出てくるのはサルやイノシシばかり。夫を亡くした年に「大学生が昼寝しにきたらいいのに」と塩見さんにつぶやいたことがきっかけで、民泊が始まった。築100年以上の古民家には延べ500人が癒やしを求めて訪れた。
「10回も来てくれた女性もいて、結婚相手も連れてきた。こちらは若い人にパワーをもらう」と話す芝原さん。楽しみながら続けるつもりだ。 (藤田康文共同通信記者)


