世界最高峰のエベレストに最高齢で登頂した三浦雄一郎(みうら・ゆういちろう)さん(76)はギネス認定直後の二月、札幌市内の病院でベッドの上にいた。スキー場で転倒して骨盤を折り、寝たきりに。医師は再起を危ぶんだが、八十歳での再登頂を目指して適度な負荷を体にかけ続け、驚異的早さで回復している。
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「涙が出るほどつらくて厳しくてうれしい」。昨年五月二十六日、標高八、八四八メートルの頂に立った。七十五歳という年齢、不整脈という持病。登頂は難しいとも言われたが、心臓の手術も乗り越え、夢を実現した。
もともと身長一六四センチと小柄な体格。一九八五年に世界七大陸最高峰のスキー滑走を達成したが、その後はト

レーニング不足がたたり、六十代の時にはウエストが約一メートルもあった。「暴飲暴食は当たり前。完全なメタボでした」と振り返る。
六十五歳で糖尿、高血圧、動脈硬化、心筋梗塞(こうそく)の可能性を指摘された。一念発起してエベレスト登頂を目標にした。出掛けるときには両足に五キロずつの重りを装着、リュックに二十キロの重りを入れて筋力を鍛えた。脂肪は次第に筋肉へと変わった。
「自分がどこまでできるのかを知りたかっただけ」と話すが、原動力は、自分と同じ山岳スキーヤーだった父への思いだった。最後まで技術向上を目指し、片足に一・五キロの重りを付けて歩いた敬三(けいぞう)さん。百歳を過ぎても板を脱がず、亡くなったのは百一歳だった。
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エベレスト登頂から九カ月後。三浦さんは自分の庭のように知り尽くした札幌市のスキー場で、まさかの重傷を負う。雪の山に乗り上げて転倒し、救急車で運ばれた。骨盤骨折で全治三カ月。
NTT東日本札幌病院の井上雅之(いのうえ・まさゆき)医師(49)は「この歳で骨盤骨折すれば、普通は寝たきりになる。生命にもかかわりかねなかった」と振り返る。筋肉を傷つけると回復に時間がかかるため手術はせず、自然に骨が付くのを待った。世界の頂点に立った男が自分でトイレにすら行けず、体には床擦れができた。
三浦さんには心に期した新たな目標があった。「もう一度、今度は中国側からエベレストに登りたい」。昨年の登頂はネパール側から。三月のチベット暴動の影響で中国政府が外国登山隊の入山を禁止、三浦隊は直前のルート変更を余儀なくされたのだ。「本当はあそこを登ってくるはずだったんだ」。頂上からは中国側の登山ルートが「すうーっと見えた」。

三浦さんは病室で少しずつリハビリを始める。ベッドで手に持った重りを上下させ、足に付けた重りを看護師にしかられたこともある。「少し体に負荷をかけてあげた方がいいんです」。四月にはつえを突いて歩けるようになり、病院の階段を繰り返し往復。予定より早く退院した。
五月、つえなしで病院を訪れた三浦さんのエックス線写真を見て井上医師は回復の早さに驚く。「肉体は二十―三十代ぐらいだ」。太ももは退院時より一センチも太くなっていた。「秋には試しに富士山に登る。夢を実現するのに年齢は関係ない」
つえ代わりにスキーのストックを突きながら、全国を講演活動で飛び回る日々。家族兼マネジャーとして父親の“むちゃ”に反対していた長女恵美里(えみり)さんも回復ぶりを目にし、声援を送る。「目標があるから、父は生き生きしている。止めてもどうせ聞きませんし」(沢野林太郎共同通信記者)


