大転換 第5部 老いが変わる3

 階段や坂道といったバリアだらけ。手厚い介護はもってのほか。サービスを受けるには自分で“通貨”を稼ぐ―。常識外れの手法で人気を集める通所介護施設(デイサービスセンター)が山口県にある。

 「夢のみずうみ村」。介護業界では知る人ぞ知る存在だ。

 山口市と防府市に一カ所ずつあるセンターでは朝、高齢者を送迎するワゴン車が到着すると、一般的なデイサービスとは異質な光景が広がる。
 入り口ホールには利用者約九十人全員の名前が並んだホワイトボードと百種類近い活動メニューの札。一人一人がその日にしたいメニューを自由に選び、自分の名前の脇に張っていく。「10―11時プール、12時食事、13時水墨画、14時あんま」。そんな具合だ。

 一般的なデイサービスは集団行動が基本。決められた時間に入浴、昼寝、レクリエーションと進み、食事やお茶も「上げ膳(ぜん)据え膳(ぜん)」。転倒などの危険がないよう、職

「夢のみずうみ村」のデイサービスセンターで、「カジノ」の時間に花札をする利用者たち。疑似通貨「ユーメ」の紙幣が卓上を行き交う=山口県防府市(共同)

バリアだらけで自立促す

疑似通貨で欲を刺激

「夢のみずうみ村」のデイサービスセンターで、施設内にあえて設けられた階段を歩く利用者=山口県防府市(共同)

員の目の届く範囲で過ごす。

 みずうみ村ではすべてが正反対。施設が決めるのは正午の食事時間だけ。食事もお茶もセルフ方式だ。活動も「パソコン」「パン作り」から「気分次第」「のんびりする」まで融通無碍(むげ)。デイサービスで定番の入浴を選ぶ人は半分ほどだ。

 施設の広さも特徴だ。山口市のセンターの床面積は約三千平方メートル。サービスを利用するには一日一キロ前後、歩かざるを得ない。利用者は広い施設内に散らばって過ごす。

 廊下やトイレには手すりもない。運営する特定非営利活動法人(NPO法人)の藤原茂(ふじわら・しげる)理事長(60)は「家庭に近い環境でなるべく自立歩行を」との考えから「バリアフリー」ではなくあえてバリア「アリー」を提唱。廊下にはたんすが並べられ、伝い歩きを促す。

 不親切にも見えるこの施設だが、遠方からわざわざ通ってくる高齢者が絶えない。片道五十分、送迎車に乗ってくる西条トミ子(にしじょう・とみこ)さん(94)もその一人。

 「自宅近くのデイの見学に行ったんだけどね、お風呂にまで職員が付いてくる」。過剰なサービスはうっとうしいが、ここでは一人前扱い。「私の気性に合うんだよ」

 一日の最後に開かれるのが名物のカジノだ。「張った、張った」「もう一丁っ」の掛け声とともにマージャンや花札のテーブルで札束が飛び交う。札束といっても現金ではなく「ユーメ」と呼ばれる疑似通貨。

 リハビリに参加したり、目標を立てるだけでも稼ぐことができるが、サービスを受けるには、すべてユーメが必要。自然

「夢のみずうみ村」のデイサービスセンターで、利用者の男性と語らう藤原茂理事長=山口県防府市(共同)

と意欲が刺激され、活気が生まれる。

 「自己選択・自己決定という介護保険の精神を体現した革

命的な施設」。こう称賛するのは厚生労働省の介護関係の審議会で委員を務める龍谷大の池田省三(いけだ・しょうぞう)教授。だが、池田教授には複雑な思いがある。介護保険制度がみずうみ村に報いることができていないからだ。

 池田教授の調査では、みずうみ村の利用者の約九割は要介護度が改善あるいは維持されている。こんな施設はめったにない。ところが、要介護度を改善させると、施設に支払われる介護報酬は減ってしまう。このため、ぎりぎりの経営が続く。

 「報酬の仕組みが、この素晴らしい方式が広がらない要因の一つになってしまっている。何とか変えたい」(池田教授)。デイサービスを退屈と感じる高齢者は少なくない。ニーズに応えられるか。次の制度改正は三年後だ。(市川亨共同通信記者)


第1部 世界が変わる
第2部 生き方が変わる
第3部 日本人が変わる
第4部 資本主義が変わる
第5部 老いが変わる
第6部 働き方が変わる
①迷走する金融資本主義 ①見えてきた「生存」 ①ペンキ塗りの技伝える ①通貨暴落、住宅ローン倍に ①97歳の「出張授業」 ①海に生きる
②オバマに託す夢 ②「貧乏」を逆手に ②安い労働力、国外に求め ②「反資本主義」広がる支持 ②ボランティアで症状緩和 ②半農半X
③変革の裏側で ③女たちのルネサンス ③銀座に香港の「寿司王」 ③モノあふれ、価値観激変 ③バリアだらけで自立促す ③障害者の就労
④過熱した美術市場 ④「障害」を見つめる ④国籍捨て政治家目指す ④低価格車に誇り抱く ④ふれあう「命」支える ④派遣を超える
⑤砂漠の技術者 ⑤農村が都会動かす ⑤言葉の壁越え高校合格 ⑤大学起点に企業集団 ⑤技術が補う身体機能 ⑤面白法人でいく
⑥サムライ流多元主義 ⑥リアルを求めて ⑥ニューカマーが示す未来 ⑥目標捨てず、驚異の回復 ⑥山に生きる
⑦気付けば少数“先住民”
第7部 食が変わる
第8部 感覚が変わる
第9部 まつりごとが変わる
第10部 リサイクルが変わる
第11部 恋愛が変わる
第12部 権利が変わる
①中国ネット企業が養豚参入 ①体験と結び付き記憶に ①旋風過ぎ、残る重圧感 ①下水道から黄金取り出せ ①おせっかいかもしれないが ①裁判が認めた風景の価値
②資源も収入も減る一方 ②体震わす文脈なき歌詞 ②ネット選挙“加速”へ ②バイオ燃料、起点に循環 ②トラブル避けて出会い模索 ②納得して死んでいきたい
③「いただく」を実感 ③体との境界あいまいに ③投票率上がれ、学生奮起 ③鉱山技術で資源回収 ③わが子思い仲介に奔走 ③機関投資家の責任重く
④実態伝えぬ自給率 ④心の在りかの謎が再燃 ④初めて棄権、次は民主も ④大打撃の中古車ビジネス ④「光の出会い」幸せつかむ ④国際化の波、家族観にも
⑤捨てない努力が根付く ⑤想像し、深く感じ取る ⑤共感力失い政権転落 ⑤古民家を離島体験の拠点に ⑤彼女は画面に映るキャラ ⑤吹き荒れる逆風、でも…
⑥1日300錠の“食事” ⑥本をちゃんと届けたい ⑥性を超え、結婚を超えて ⑥“自主カメラ”急増中
⑦栄養の謎に挑む研究者 ⑦長距離ドライブを相乗り