インド南部の港湾都市チェンナイ郊外。ホテル、病院、情報技術(IT)企業を傘下に置くSRMグループが運営する「SRM大学」の広大なキャンパスでは、約二万人の若者が学んでいる。
「まず大学を設立してから企業をつくった。教育と事業を結び付けたことが成功した」。ソフトウエア開発を手掛ける「SRMテクノロジーズ」のスリニワサン最高執行責任者(COO)は、同グループがインド南部を代表する企業集団に成長した理由をこう語る。
理工系や医学系の学部を中心に、IT、医薬品などインドの二十一世紀型産業を支える人材を育てようとしている。
「米国企業はすぐに大型受注をくれるが、それっきりという例が少なくない。日本企業とは長期的な関係を築ける」とスリニワサン氏。SRMテクノロジーズは米国市場にあえて背を向け、日本市場の開拓に集中してきた。
人材を長い目で育てるSRMグループの考え方と、日本企業は相性が良いと考えたからだ。日本への留学経験がある機械技術専攻の四年生、プラディープさん(21)は「日本でソフト開発の仕事に就きたい」と話す。
この大学の学生のうち、二割程度は米国などに留学する。暮らしにゆとりがある中産階級の出身者が多く、キャンパスも開放的な雰囲気に包まれている。
先進国からのアウトソーシングで急成長し、学生に人気の高いIT産業、医薬品メーカーなどは、人材確保のための競争を繰り広げている。「都市部では(職業を制限してきた)カースト制度はほとんど関係ない。むしろ公立小中学校の教育水準の低さが格差拡大を招いている」(ジャワハルラル・ネルー大のプレム・モトワニ教授)という。
インドの大都市では、先進国と同じ消費社会が生まれている。ニューデリーの空港近くには大規模なショッピングモールが並び、高級車が路上にあふれる。かつては男女交際にも厳しい目が向けられていたが、ムンバイやニューデリーでは手をつないで歩くカップルの姿も珍しくない。
若者の間では新興宗教が静かなブームとなり、専門書店も


登場している。受験に苦しんだり、安定した職業を探すのに悩んだりする若者が少なくない。司法当局によると、十年前には年間八百人程度だった学生の自殺は六千人近くに増えた。
北海道大大学院の中島岳志(なかじま・たけし)准教授(現代インド論)は「経済成長によってインドの社会は大きく変化し、心の空洞が広がっている」とみる。
「オートバイやバスが燃やされた」。名古屋市に住むキリスト教の神学生、クジュール・プラフルさん(30)は昨年八月、インド東部のオリッサ州に住む父親の緊張した声を電話口で聞いた。同州ではヒンズー教の原理主義グループによるキリスト教徒の殺害や放火が相次いでいる。
東部などには成長から取り残された農村が多く、「毛沢東主義派」などの極左勢力も貧困層の支持を集め台頭している。

「ヒンズーは本来、暴力的ではない。実家の近くにはイスラム教の家庭もあり、それぞれのお祭りを祝ってきたのだが…」と、クジュールさんは不安そうな表情を見せる。秩序の変化や貧困は、混乱と暴力の連鎖を生む。急ピッチで進む工業化や都市化は、インド社会の深部を揺るがしている。(小林輝彦共同通信記者)


