大転換 第4部 資本主義が変わる3

 「四十四歳の親せきが (英高級車)ロールスロイスを買ったの。二百億ドン(約一億一千万円)だったかな」。外資系企業で秘書として働く女性フォンさん(34)は、八万円相当の米アップルの携帯電話iPhone(アイフォーン)を手に言った。友達の間では、インターネットで服や靴を米国から購入するのが流行。「お金がなくちゃすてきな恋もできないわ」。人気ネット恋愛小説家カン・バン・カインさん(29)はこともなげだ。  

 共産党一党独裁が続く社会主義国ベトナムが市場開放に踏み切って二十三年。かつてないほどモノがあふれ、長期の戦争と窮乏生活に耐えてきた人々の価値観は劇的に変わった。市場を完全には開放しておらず、グローバル化が進んでいないため、世界金融危機の直接的な打撃はまだ届いていない。危機はひたひたと近寄っているが、首都ハノイの表情は明るく、購買意欲は衰えていない。 
 「今が最も豊かな時だから」と四十代の地元記者。ベトナムの経済システムは、社会主義体制を温存したまま資本主義の“いいとこ取り”を企てる試みだ。物質的な豊かさがもたらした人々の多様な価値観を受け入れられない党・政府は、社会に生じた大きな矛盾を解決できないでいる。 

 価値観激変のきっかけの一つは、銀行など国有企業を二〇〇六年に株式会社化したことによる株式市場の急成長だった。都市の中間層がこぞって投資。「魅力的な新市場」と日本人ら外国人も参入し、市場は過熱した。 

 だが、株式市場のルールを十分に理解しないまま参加した投資家が多く、インサイダー取引が横行。昨年の株価暴落で、資産を失った人々の自殺が相次いだ。 

 不況風も吹き始めている。政府が広大な田を埋め立て、台湾や韓国の企業のために各地に建設した工業団地は本国の経済悪化で進出企業が稼働停止に追い込まれ、人影がない。当局に説得され田を売った農民の間では不満が高じている。

 「ベトナムの将来は、党自身を改革できるかどうかにかかっている。指導者は現実が見えていない」。六十代の元政

宗主国フランスが1911年、ハノイに完成させ、上流階級の人たちでにぎわったオペラ劇場。その前の広場では1945年8月、独立を求める市民の決起集会が行われた。右はかつて戦火を交えた米国のホテルチェーン、ヒルトン(共同)

モノあふれ、価値観激変

矛盾解決できぬ共産党

ハノイに出現した高級モール、ビンコムタワー。高級ブランド店やレストランが入り、中間層以上の家族や女性たちでにぎわう。タワーの前を、昔ながらのてんびん棒の物売りが行き交っていた(共同)

府幹部は指摘する。

 二〇〇六年の党大会前、党・政府は社会システム化してしまうほど根深い汚職解消などのために、改革が必要だと認めた。が、経済急成長による見た目の豊かさが改革実行をうやむやにした。「金融危機が波及し大量の失業者が出れば、抑えられていた市民の不満が爆発しかねない」。独立系経済研究所のグエン・クアン・ア氏は憂慮する。

 危機感を抱いた党が実行したのは改革ではなく、メディアやインターネットの監視を強化、不満を抑え込むことだった。 昨年、当局は運輸省の汚職事件関連の記事を書いた地

元記者二人を逮捕。民主化や変革を求める若者たちのブログの削除にも励んでいる。

 「建国の父ホー・チ・ミン主席の道徳に学び、ぜいたくを慎もう」。テレビやラジオでは「倹約の勧め」も始まった。「緊急に必要なのは経済システムや法制度の整備なのに…」。ある経済評論家はため息をつく。

 しかし「明日のことを憂えない」楽観主義と柔軟さこそが中国、フランス、米国などとの過酷な戦争を乗り越え、大国の思惑のはざまで生き残ったベトナム人の知恵かもしれない。「ベトナム流で金融危機も乗り越えられるはず」。八十代の共産党員は、たばこをくゆらすホー主席の肖像画が掛かった部屋で穏やかな笑顔を浮かべて言った。(舟越美夏共同通信記者 )


第1部 世界が変わる
第2部 生き方が変わる
第3部 日本人が変わる
第4部 資本主義が変わる
第5部 老いが変わる
第6部 働き方が変わる
①迷走する金融資本主義 ①見えてきた「生存」 ①ペンキ塗りの技伝える ①通貨暴落、住宅ローン倍に ①97歳の「出張授業」 ①海に生きる
②オバマに託す夢 ②「貧乏」を逆手に ②安い労働力、国外に求め ②「反資本主義」広がる支持 ②ボランティアで症状緩和 ②半農半X
③変革の裏側で ③女たちのルネサンス ③銀座に香港の「寿司王」 ③モノあふれ、価値観激変 ③バリアだらけで自立促す ③障害者の就労
④過熱した美術市場 ④「障害」を見つめる ④国籍捨て政治家目指す ④低価格車に誇り抱く ④ふれあう「命」支える ④派遣を超える
⑤砂漠の技術者 ⑤農村が都会動かす ⑤言葉の壁越え高校合格 ⑤大学起点に企業集団 ⑤技術が補う身体機能 ⑤面白法人でいく
⑥サムライ流多元主義 ⑥リアルを求めて ⑥ニューカマーが示す未来 ⑥目標捨てず、驚異の回復 ⑥山に生きる
⑦気付けば少数“先住民”
第7部 食が変わる
第8部 感覚が変わる
第9部 まつりごとが変わる
第10部 リサイクルが変わる
第11部 恋愛が変わる
第12部 権利が変わる
①中国ネット企業が養豚参入 ①体験と結び付き記憶に ①旋風過ぎ、残る重圧感 ①下水道から黄金取り出せ ①おせっかいかもしれないが ①裁判が認めた風景の価値
②資源も収入も減る一方 ②体震わす文脈なき歌詞 ②ネット選挙“加速”へ ②バイオ燃料、起点に循環 ②トラブル避けて出会い模索 ②納得して死んでいきたい
③「いただく」を実感 ③体との境界あいまいに ③投票率上がれ、学生奮起 ③鉱山技術で資源回収 ③わが子思い仲介に奔走 ③機関投資家の責任重く
④実態伝えぬ自給率 ④心の在りかの謎が再燃 ④初めて棄権、次は民主も ④大打撃の中古車ビジネス ④「光の出会い」幸せつかむ ④国際化の波、家族観にも
⑤捨てない努力が根付く ⑤想像し、深く感じ取る ⑤共感力失い政権転落 ⑤古民家を離島体験の拠点に ⑤彼女は画面に映るキャラ ⑤吹き荒れる逆風、でも…
⑥1日300錠の“食事” ⑥本をちゃんと届けたい ⑥性を超え、結婚を超えて ⑥“自主カメラ”急増中
⑦栄養の謎に挑む研究者 ⑦長距離ドライブを相乗り