東京都新宿区大久保一丁目、53%。大久保二丁目、38%。外国人世帯主の比率だ。両地区にはさまれた大久保通りにひしめく看板はハングル、中国語、タイ語…。コリアンレストランは今や地域の名物となり、週末は韓流ファンでにぎわう。
十六世紀からの寺社があり、江戸を守る鉄砲隊「百人組」も置かれた伝統ある街。戦前は陸軍幼年学校や音楽隊があり、上級士官を毎朝迎えに来る馬がにぎやかだった。
「今は外国人が増え、ごみ捨てのマナー、におい、騒音…。こんなところは嫌だと、郊外に引っ越す人も少なくない。日本人はまるで少数先住民族のよう。共存共栄すべきなのに」。一丁目に住む内山安之(うちやま・やすゆき)さん(71)はやきもきしている。
かつて呉服店を営んでいた。今はアジア人留学生が大勢住むマンションの大家。ごみの捨て方、マナーをやかましく注意する。「入管や不動産業者、雇用主らはもっと積極的に指導すべきだ。周囲が言わねば駄目なんだから。外国人のマナーを向上させ、街から出ていった人も戻って来たくなるようにしないと」
地区は急速に高齢化が進む。「災害があれば、日本人のお年寄りを外国人が救助する場面も多いのでは」と新宿区の担当者。JR新大久保駅には二〇〇一年にホームから転落した日本人を助けようとして命を落とした韓国人李秀賢(イ・スヒョン)さん=当時(26)=の顕彰碑がある。
かき氷、ヨーヨーすくい…。区立大久保小学校の敷地を使

って開かれる夏祭りには外国人の子どもがいっぱい。大人たちは地域の行事にあまり姿を見せない。
「実は、彼らも参加したい気持ちはあるようだ」と内山さん。「でも日ごろ付き合っていないことがネックになっている。ともに暮らすには、よく話し合うこと。彼らのリーダーもこちらに足を運び、仲良くなるよう努力してほしいのだが」
商店街振興組合の話し合いは熱い議論になった。「コリアンが多いんだから、いっそ商店街をテーマパークにしよう。お客さんも増える」「もうかればいいのか。先輩たちが築いたものをどうする」。数年前のことだ。
街は変わっていく。サッカーの二〇〇二年ワールドカップでは、韓国チームがゴールするたびに、通りに歓声が地鳴りのように響いた。日本人には読めない看板が増えた。日本人の店に入った外国人客が「どうして日本語しか通じないの?」と尋ねるようになった。
店主たちの気持ちは揺れ動く。新宿と高田馬場という二つのも韓流ブームのおかげ。ありがたい。でも、街の力はそれだけじゃない。
組合理事長の化粧品店主森田忠幸(もりた・ただゆき)さん(57)は「無理に韓国の物を売ったって韓国人にかなわない。それに、日本の街で一緒に暮らす彼らに、せっかくだから和食を食べてほしいし、日本語の微妙なニュアンスを知ってほしい」と言う。「もともとの日本の店主も客も、外国人の店主も客も自然にして、ともに栄えたい」
森田さんたちは最近一つの決断をした。これからは商店街の活動に外国人店主を迎え入れる。街灯の手入れ、掃除、抽選会、街路樹の飾り…。「大変だと思う。今まであまり触れ合わず済ませてきたけど、何事も話をしながらやっていく。ぶつかることもあると思いますよ。それでもいい。息長く、協力し合って」(沢康臣共同通信記者)


