高級すし店がひしめき合う東京・銀座。昨年十二月、新たに一軒がオープンした。オーナーは中国香港ですしチェーン店を経営、「寿司王」の異名をとる中国人。日本に留学経験がある日本通だ。世界的な日本食ブームの中、代表格であるすしが中国人の手で世界に広められ、逆輸入された。
銀座コリドー街にある「板前寿司」。店には国産天然マグロやホタテが並ぶ。職人は経験を積んだ日本人で一見すると


普通のすし屋だが、オーナーは香港ですしチェーン店、板前寿司など十六店舗を展開する中国人、鄭威濤(てい・いとう)さん(41)だ。
鄭さんは「すしはグローバルな食べ物。世界中の人に安い値段でおいしいすしを食べてもらいたい」と力を込める。銀座店を旗艦店と位置付け、チェーン店全体の利益を背景に採算は度外視。年内にシンガポール、オーストラリアに出店する。
うわさを聞いて来店した福岡県の水産会社の半田治(はんだ・おさむ)さん(50)は驚いた。「銀座の一等地。ネタも悪くない。それなのにこんなに安いのか」。ランチは千円前後。破格の値段に脅威を感じた。
中国に魚を輸出しようと考えていたが攻めあぐねていた半田さん。一方、鄭さんはすでに築地から日本近海のマグロや北海道産のホタテなどを週六便、香港に空輸する。
一歩先を行く鄭さんを見て「ライバルでなくパートナーにしなければ」と直感した。
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日本食に興味があった鄭さんは一九八八年、日本に留学し二年間すし店でアルバイト。原宿でクレープ屋に並ぶ行列にヒントを得て香港でクレープ屋を立ち上げた。熊本のとんこつラーメン店の香港進出にも成功。既に三百店を超えた。「おいしい日本食は車や機械と同様、日本を代表する輸出
品ですよ」と話す。日本食で財を成し、香港の一等地にお手伝いさん四人、プール付きのさながら「日本食御殿」に住む。
ネオンがひしめき合う香港の繁華街、銅鑼湾。ここの板前寿司にも日本から空輸したマグロやホタテが並ぶ。しょうゆは香港人向けに甘口、フォアグラやマンゴーも握る。店の前に毎晩行列ができる。
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昨年も最高値で競り落としたが「中国人にマグロが分かるのか」などと業界で陰口をたたかれ、ことしは日本人と共同で競り落とした。大トロは一時間で売り切れた。
来店した主婦は「刺し身はおいしいし日本食は安全。魚は養殖よりも天然物がいいわね」とほほ笑む。
現在、香港にすしを出す店は五百軒近く。魚の消費量が減少傾向にある日本の水産関係者にとって中国のすし市場は垂ぜんの的だ。取引がある北海道のホタテ業者は「中国にはホタテを食べる人がまだまだたくさんいる。高値で買ってくれる鄭さんは救世主」と話す。
二月、福岡の魚市場で魚を吟味する鄭さんの姿があった。実はこの前日、鹿児島を訪れていた。
「次は黒豚。豚カツ屋をやる」。中国人の手で、また一つ世界に輸出されようとしている日本の食文化。鄭さんの声が一段と大きくなった。(沢野林太郎共同通信記者)


