房総半島の緑が映える千葉県木更津市郊外の養豚場。外国人研修・技能実習制度で農業研修中だった中国人崔紅義受刑者(28)が二〇〇六年八月、県農業協会職員ら三人をナイフで死傷させた。借金で工面した約百万円を中国側団体に保証金として支払い来日したのに、研修半ばで帰国を迫られたことが動機だった。
「休憩中、いつも『それはどういう意味ですか』と人懐っこく聞いてきた。だからこれで調べたもんだ」。研修先だった養豚農家の森本明夫(もりもと・あきお)さん(70)は手元の辞書をめくりながらつぶやいた。
「パート一人を使うと思って雇ってみな」。〇五年十月、千葉市内で開かれた会合で、研修生受け入れの窓口だった農業協会の越川駿(こしかわ・すすむ)さん=当時(62)=が声を掛けた。「本当は研修生を雇うことに乗り気じゃなかった」。多くの農家が高齢化に悩んでいる。養豚の仕事も辛くなっていた。
日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、崔受刑者の出身地黒竜江省の農民の平均月収は十二万円。経済発展が著しい中国で取り残された地域だ。裁判資料などによると、農家出身の崔受刑者は兄弟の大学進学を経済的に助けるため来日した。
研修生に与えられるのは、月給六万五千円と食費補助五千円、残業は時給四百五十円。千葉県の最低時給約七百二十円をも下回る。ただでさえ仕事がきつい農業に若者はこない。「安いし、よく働く」。知人のひと言で受け入れを決めた。
〇六年四月、やって来た崔受刑者に母屋近くの納屋二階の一室を与え、テレビも置いた。午前七時半から休息を挟み午後五時まで、決してサボらず手際も良かった。「半年で借金を半分にしたい」と語り、小麦粉を練って作ったパンやす

いとんを主食に三食自炊。休日は部屋にこもり、金はほとんど使わなかった。
「次第に暗くしゃべらなくなっていった」。森本さんは事件前の様子を振り返る。家族と連絡を取った際、知人の研修生が自分より多く稼いでいると聞き落胆した様子だったという。少しでも多く稼ぐため研修先の変更を農業協会に訴えた。しかし聞き入れられず仕事を休むようになった。
事件前日、森本さんらの前でシャツをまくり腹を出し、机に包丁を置き叫んだ。「わたしを殺してください」。ノイローゼだと思い、すぐに帰国させると決めた。
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当日、迎えに来た越川さんと「帰れ」「帰らない」の押し問答の末、越川さんを刺殺、越川さんの知人二人にけがをさせ
た。直後に農薬自殺を図ったが未遂に終わった。
一審で懲役十七年を受け、控訴したがすぐ取り下げた。当時、接見した弁護士は「自殺を試みたのか、両手の包帯が痛々しかった」と語る。
外国人研修・技能実習制度は発展途上国への技術移転を目的に、一九九三年に創設。七―八割が中国からで、中小企業が受け入れることが多く賃金未払いなどのトラブルが多発している。金融危機後の不景気で、新規受け入れは急減している。
崔受刑者の支援に取り組む外国人研修生権利ネットワーク(東京)は「中国の送り出し機関が研修生から多額の手数料を取る場合が多い。研修生を安価な労働力とみなし条件の悪い例も少なくない」と指摘した。(長坂俊成共同通信記者)


