東京・秋葉原などで人気の美少女イラストが、人口一万八千人の秋田県羽後町から全国に旋風を巻き起こしている。地域の魅力を全国発信したい。長年、受け継がれた雪国の若者たちの思いが都会の心を動かしている。
「東京出身のわたしには見たこともない美しい景色」―。内陸部の羽後町は、冬は二メートルもの雪が積もる豪雪地帯。二〇〇八年六月、人気イラストレーター、西又葵(にしまた・あおい)さんは美少女イラストコンテストの特別審査員として初めて町を訪れ、農村の光景に目を奪われた。西又さんのイラストで大ヒットした特産米「あきたこまち」や焼酎「花嫁道中」誕生のきっかけだ。
コンテストは東京の出版社に勤める町出身の山内貴範(やまうち・たかのり)さん(24)が企画。新進イラストレーターたちに依頼し、町の民家や神社、伝統の西馬音内(にしもない)盆踊り、そして十二キロの雪の峠道を花嫁道中が馬そりで越えるイベント「ゆきとぴあ七曲(ななまがり)」を描いたポスターも制作した。
絵に注目したのが地元銀行の支店長だった佐々木章(ささき・あきら)さん(51)だ。「これは町おこしになる」。山内さんとJAや酒店を回り商品化を提案した。「商品の中身にもこだわって」。検討を重ね、昨年秋、西又さんの絵をあしらったあきたこまちと、焼酎が発売された。


JAうごが売り出したあきたこまちは、三カ月で通常の年間販売の約三倍にあたる四十トン近い売り上げ。焼酎も飛ぶように売れ、イチゴや羽後牛のカレーのパッケージを美少女のイラストにした商品も登場した。
町には全国から直接、買いに来る若者の姿も。JAうごの担当者は「米が若い人に受けるとは思わなかった。オタクの人たちに陰気なイメージを持っていたが、会ってみたら、すごく親切で明るい」と驚きを隠さない。
ブームの中で山内さんの気持ちは複雑だ。「好きなイラストを通じて町の魅力を伝えたかったのに、マスコミは“萌(も)え”などの部分ばかりを強調する」と不満がある一方で「地元が元気になってほしい」との思いは変わらない。山内さんは県内外から町に駆け付けた若者たちと話し合い、地域の魅力発掘のために新たな仕掛けを練っている。
羽後町は「昔から青年会やイベント活動が盛んだった」(大江尚征(おおえ・なおゆき)町長)。焼酎をヒットさせた酒店主、菅原弘助(すがわら・ひろすけ)さん(58)は一九八六年
に始まったゆきとぴあ七曲の実行委員長。東京から二十六歳で町に戻り「こんな雪が多いところに住みたくない」と言う人々を変えたいと地域の若者に呼び掛け、昔の婚礼風景を復活した。「本当にやりたいことを見つけた」
山内さんが町で活動拠点としている学習塾を経営する阿部久夫(あべ・ひさお)さん(60)は、八八年に農村の結婚難を訴えるためにトラクターで東京・原宿を駆け抜け全国で話題を呼んだ「嫁こいデモ」を実行したグループの一員。教え子の山内さんは「旧体制に立ち向かい、行政に頼らないなど通じるものはある」と話す。師弟は今、かやぶき屋根の保存運動にも取り組む。
一月三十一日。季節外れの雨は未明に大雪に。沿道の人々に見守られながら五時間の道のり。日暮れの峠、新郎新婦を乗せたそりを馬が体から湯気を立てて引く。明かりは道中の人々が持つちょうちんと、道脇に並ぶろうそくだけだ。東京から来た学生らも列に加わった。ファンの地元中高生と交流後、駆けつけた西又さんの姿も。町の人々はこう話す。「ゆきとぴあの時だけは雪が降ってほしいんだ」(矢野晃生、橋田欣典共同通信記者)


