東京都杉並区のJR高円寺駅近くの北中通り商店街。自由な生き方を求める若者グループ「素人の乱」が、商店街とともに街の再生に取り組む。若者たちは「貧乏人大反乱」を掲げた新しいライフスタイルを模索し、中高年の店主が応援する。
「素人の乱」は松本哉(まつもと・はじめ)さん(34)を代表にリサイクル店や古着店、飲食店など七店舗を運営。店には中古の家電や雑貨、家具などがところ狭しと並び、「貫禄(かんろく)のある箱」「古いイス」といった商札が…。「新品価格の五割が基準。六―七割じゃぼったくりでしょ」と松本さんはにやりとする。
法政大で学生運動に熱中し、デモで逮捕もされた。だが旧来の運動は肌に合わなかった。ユーモアのある社会運動にこだわり「法政の貧乏くささを守る会」を結成したり、新宿の路上で鍋をつついてホームレスやニートたちと語ったりした。
リサイクル店を開いたのは二〇〇五年五月。生活のためだけではない。安価な中古品を売ることは、過剰な消費社会への異議でもあった。「消費社会って『買え、買え』って脅されてしまう。孤独だから、どんなに貧乏でも消費をして楽しむしかない。派遣で働いても職場の人間関係は絶たれたままで、結局は孤独の中でモノを買わされる」
松本さんの月収は平均十数万円。友人らと近くの一軒家に住み、昼は仕入れに走り、深夜まで働く。「でも豊かですよ。モノは大事に使えばいいし、金の使い道は友だちと酒を飲むぐらい」とゆとりにあふれる。
「素人の乱」の運営を支えるのが、商店街の店主たちだ。

二〇〇〇年代前半は、高齢化による後継者の不在などで〝シャッター商店街〟寸前だった。歳末セールや夏の縁日をやめ、商店街解散の話すら出た。「本当に暗かった」と北中通り商栄会副会長の斉藤正明(さいとう・まさあき)さん(60)は振り返る。
〇五年の新年会。「失うものは何もない。若い人と話そう」と若い店主らを招いた。アイデアが次々出され、フリーマーケットやライブなどが実現。街が動き始めた時、松本さんたちが現れた。
空き店舗を貸し、引っ越し業の店主が中古品の仕入れ先を紹介。若者たちは酒を飲んで騒ぐこともあるが「明るさが戻ってきた」と斉藤さんはほっとしている。数人だった祭りのみこしの担ぎ手は数十人に。商店街と若者たちの、世代を超えた二人三脚が始まった。
その後、社会に雇用不安の影が深まるにつれ、「素人の乱」の店は緩やかに広がっていく。
女性たちが水曜日にだけ有機野菜の定食を出す「ベジ食堂」。以前は派遣労働をしていた店主のyoyoさんは、商店街の直売イベントで神奈川県の農園の野菜に感動し、〇七年に店を始めた。
「派遣のころ心がだんだんむしばまれてきて…。この店は場所代が本当に安かったから挑戦できた。ゆるくて決まりもないし、すごく楽しい」
また、京都や大阪でも「素人の乱」を掲げる若者が、松本さんも知らないうちに自然発生的に名乗りを上げ、店をオープンした。
松本さんらは住宅問題に抗議する「家賃をタダにしろデモ」なども続ける。「だが結局、普通に暮らす中で世の中をよくするのが一番。友達がいて、地元と仲良くし、自治をするのが理想。顔の見える関係があれば毎日が楽しい」。若者に逆風が吹く社会でも、人と街がつながることが、生活を明るくしていく鍵と信じている。(東海亮樹共同通信記者)


