「こんにちは」「久しぶり。寒いね」。一月のある土曜日。やわらかなコーヒーの香りが漂う「サロン・ド・カフェこもれび」(東京都新宿区)には午前十一時の開店直後から、老若男女が三々五々、集まった。
運営するのは路上生活者らが住居を借りる際の保証人を引き受ける特定非営利活動法人(NPO法人)「自立生活サポートセンター・もやい」だ。
この日のランチはカレー、飲み物付きで三百五十円と格安。「おれの好みでちょっと辛めにしたよ」。キッチンに立つ川井達夫(かわい・たつお)さん=仮名=は、手際良く配膳(はいぜん)を始めた。
川井さんは事業に失敗し、多額の借金を負い家族も散りぢりになった。仕事と住居を転々としたが病気で働けなくなり、滑り落ちるように路上生活に。手術が必要な大病を患いもやいを頼った。
食事後もおしゃべりを楽しむ常連客には、川井さんのように命をつなぐためにもやいに駆け込み、こもれびに居場所を見いだした人も多い。「たわいない会話ができるのが、本当にありがたい」と口をそろえる。
もやい事務局長湯浅誠(ゆあさ・まこと)さん(39)が〝村長〟を務めた東京・日比谷公園の「年越し派遣村」。年末年始、派遣切りなどで職・住をいっぺんに失った人や路上生活者の食べ物と寝場所を確保し、生活保護申請など新生活を始められるよう支援した。いわば〝生存のための活動〟で、


「サロン・ド・カフェこもれび」で談笑する人たち。運営者は「ほかの人に自分の境遇や弱さをさらけ出せる場所って、実はあまりないんです」と語る=東京都(共同)
最終的な入村者は約五百人に上った。
「私たちは場所をつくることしかできない。命が支えられ、人が出会える場所をつくり続けたい」
大みそかの夜、白い息を吐きながら〝村民〟に語りかけた湯浅さんには、障害者の兄がおり、ボランティアが出入りする家庭環境で育った。
家庭は兄中心に回っていたが「ボランティアは僕のことも本当にかわいがってくれた」と振り返る。そうして社会とつながり、自分の存在を認められる温かな場所の大切さを体感してきた。
「今度は自分が社会に恩返しを」。進学した東京大で子どもの学習指導のボランティアサークルに参加し、さらに路上生活者支援の活動へ。そこで「もはや労働問題は生存問題」ということを肌身で知った。
派遣村には正月にもかかわらず、計約千七百人のボランティアが駆けつけた。刺すような寒さの中、二千万円を超える現金のカンパが村に直接届けられた。
一人一人の思いは、村民が社会に突きつけた貧困の現実と重なり、場のうねりとなる。そして、「開くはずはない」と思われた厚生労働省の講堂の重い扉は、寒さに震える村民のために、開かれた。
今、村民の多くは再出発し始めた。湯浅さんは「自分たちだけでは到底なしえなかった。集まったボランティアやカンパが証明するように、社会の地力はまだまだある」と希望を見いだす。
厚労省調査では、昨年十月から今年三月までに失職したか、失職する見通しの非正規労働者は、十五万七千人を超えるとされる。「五百人で終わりではなく、派遣村を足掛かりにこれから二歩、三歩と積み上げたい」と湯浅さんは言う。
目指すのは単に個人の群れではない、相互に血が通い合う社会。「家族やコミュニティーの復権は追求しなければならないが、ただ昔に戻るのは無理。『こもれび』のような、誰でも来られて誰でも居られる場所を、できるだけたくさんつくっていくことが必要ではないでしょうか」
失速する経済、疲弊する街、広がる雇用不安…。社会に吹き荒れる逆風は、私たちが安心して生きる暮らしの基盤を揺るがし、人と人のつながりを引き裂きつつある。この混迷の時代に、さまざまな暮らしの現場で、新しい生き方の模索が始まっている。(白坂美季共同通信記者)


