大転換 第12部 権利が変わる1

 瀬戸内海に面した広島県福山市鞆(とも)町の美しい半円形の入り江、鞆の浦。住民らの「景観利益」を認めた上、風景は「国民の財産とも言うべき公益」として、県と市の埋め立て架橋計画にストップをかけた10月の広島地裁判決で一躍、全国の注目を浴びるようになった。 

 「裁判という方法は不本意だったが、鞆を知ってもらえたことはよかった」―。観光客が行き交う路地の一角で造り酒屋を営む岡本純夫(おかもと・すみお)さん(58)は原告の一人。「ここまで完全勝訴するとは」と、提訴から2年半かけて勝ち取った判決の衝撃を忘れない。 

 岡本さんは、生薬を使った江戸時代以来の特産品「保命酒(ほうめいしゅ)」を造る老舗に生まれた。大学卒業後、大手ゼネコンに就職。広島県や山口県で道路やトンネルを数年間にわたり造った。父親が体調を崩し、地元に戻った。 

 縄文遺跡、万葉集の歌、朝鮮通信使や坂本竜馬の足跡…。町を出るまで当たり前だと思っていた古いものに価値を感じるようになった。8年前、江戸時代の古民家を修復し店舗に。港のシンボルである「常夜灯」の後ろに車が行き交う橋を架ける計画への反対運動に参加したのはそのころだ。 

入り江が美しい弧を描く広島県福山市の鞆の浦=9月、共同通信社ヘリから(共同)

裁判が認めた風景の価値

暮らしとの共生が課題に

江戸時代の建物が多く残る広島県福山市鞆町の町並み (共同)

 「鞆の魅力は、歴史の重みが生活の場にあること」と岡本さんは話す。「日本人は何もかも捨てすぎた。“体”ばかり重視していた考え方を“心”に変える転機では」と判決の重みを語る。 

 景観保全を理由に裁判所が公共事業を差し止めたのは今回が全国初。「時代も進むんだな」。20年前、和歌山市の景勝地、和歌浦(わかのうら)に和歌山県が渋滞緩和のための橋を架けることに反対し、住民の一人として提訴した和歌山大准教授の米田頼司(よねだ・よりつぐ)さん(59)は、判決を自分のことのように喜ぶ。 

 米田さんら住民は良好な生活空間を享受する環境権の一つとして「景観権」を主張。さらに万葉集にもうたわれた古代からの風景には「歴史的景観権」があると主張したが、1994年に和歌山地裁は「法律上の具体的権利と認めることはできない」と退けた。しかし「単純な敗北ではない」と米田さんは語る。県は計画にあった干潟の埋め立てを中止するなど裁判を機に、従来の方針を変えたという。 

そして2002年、東京都国立市のマンション建設をめぐり、

江戸時代の古民家を修復した店舗前で、「保命酒」に使われる生薬の説明をする岡本純夫さん=広島県福山市鞆町(共同)

東京地裁は街並みの景観を守る必要性を認め、高さ20メートル以上の部分の撤去を命じた。高裁、最高裁で住民側は敗訴したが、良好な景観の恩恵を受ける「景観利益」が法的保護の対象であることを最高裁は認めた。鞆の浦の判決は、このような流れの中で生まれた。 

 景観とは「単なる景色ではなく、人が歴史的に積み上げてきたもの。住民は守っていく義務、責任を負っている」と国立訴訟に深くかかわり、国立市長も務めた上原公子(うえはら・ひろこ)さん(60)は強調する。

 一方で、鞆の浦に架橋を求めてきた町内会長の大浜憲司(おおはま・けんじ)さん(62)が「景観が重視されるのはいいが、人が住まない町で景観が残っても何の意味もない。消防車や救急車の通行にも支障があり、何か手を打たないと」と語るように、住民の暮らしとの共生も課題だ。

 景観権論争の先駆けとなった和歌浦訴訟の経験を基に、米田さんは鞆の浦の埋め立て架橋計画を行政が抜本的に見直すことを期待する。「広島県や福山市は景観を活用したまちづくりの先進自治体になれるはずです」

 社会の変化とともに“発明”されてきたさまざまな権利。「公」と「私」がせめぎ合う現場に、変容し、発生しつつある権利の姿を見た。(徳永太郎共同通信記者)

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第1部 世界が変わる
第2部 生き方が変わる
第3部 日本人が変わる
第4部 資本主義が変わる
第5部 老いが変わる
第6部 働き方が変わる
①迷走する金融資本主義 ①見えてきた「生存」 ①ペンキ塗りの技伝える ①通貨暴落、住宅ローン倍に ①97歳の「出張授業」 ①海に生きる
②オバマに託す夢 ②「貧乏」を逆手に ②安い労働力、国外に求め ②「反資本主義」広がる支持 ②ボランティアで症状緩和 ②半農半X
③変革の裏側で ③女たちのルネサンス ③銀座に香港の「寿司王」 ③モノあふれ、価値観激変 ③バリアだらけで自立促す ③障害者の就労
④過熱した美術市場 ④「障害」を見つめる ④国籍捨て政治家目指す ④低価格車に誇り抱く ④ふれあう「命」支える ④派遣を超える
⑤砂漠の技術者 ⑤農村が都会動かす ⑤言葉の壁越え高校合格 ⑤大学起点に企業集団 ⑤技術が補う身体機能 ⑤面白法人でいく
⑥サムライ流多元主義 ⑥リアルを求めて ⑥ニューカマーが示す未来 ⑥目標捨てず、驚異の回復 ⑥山に生きる
⑦気付けば少数“先住民”
第7部 食が変わる
第8部 感覚が変わる
第9部 まつりごとが変わる
第10部 リサイクルが変わる
第11部 恋愛が変わる
第12部 権利が変わる
①中国ネット企業が養豚参入 ①体験と結び付き記憶に ①旋風過ぎ、残る重圧感 ①下水道から黄金取り出せ ①おせっかいかもしれないが ①裁判が認めた風景の価値
②資源も収入も減る一方 ②体震わす文脈なき歌詞 ②ネット選挙“加速”へ ②バイオ燃料、起点に循環 ②トラブル避けて出会い模索 ②納得して死んでいきたい
③「いただく」を実感 ③体との境界あいまいに ③投票率上がれ、学生奮起 ③鉱山技術で資源回収 ③わが子思い仲介に奔走 ③機関投資家の責任重く
④実態伝えぬ自給率 ④心の在りかの謎が再燃 ④初めて棄権、次は民主も ④大打撃の中古車ビジネス ④「光の出会い」幸せつかむ ④国際化の波、家族観にも
⑤捨てない努力が根付く ⑤想像し、深く感じ取る ⑤共感力失い政権転落 ⑤古民家を離島体験の拠点に ⑤彼女は画面に映るキャラ ⑤吹き荒れる逆風、でも…
⑥1日300錠の“食事” ⑥本をちゃんと届けたい ⑥性を超え、結婚を超えて ⑥“自主カメラ”急増中
⑦栄養の謎に挑む研究者 ⑦長距離ドライブを相乗り