あの日のことは一生忘れない、と誰もが言った。黒人のバラク・オバマ氏を初めて米大統領に選んだ二〇〇八年十一月四日。勝利演説が行われたオバマ氏の地元、シカゴのグラントパークには、十二万人の興奮と熱気が渦巻いていた。「私たち、やったんだ(ウィ・ディド・イット)」。米国民は人種偏見の壁を乗り越え、歴史の歯車を一つ回した。オバマ氏が発し続けた「変革」のメッセージに夢を託し、何かが大きく変わる予感に身を震わせながら…。
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「信仰は、と聞かれたら『オバマ』と答えるの」。サマンサ・リードさん(20)は笑う。「彼はロックスターで精神的指導者」とマイケル・ロエベルさん(19)。二人はシカゴの大学でオバマ支援学生会のコーディネーターを務めた。
オバマ氏勝利の原動力になった若者たち。米メディアの出口調査では、十八―二十九歳の有権者の66%がオバマ氏に投票した。この年齢層は、イラク戦争や金融危機など「世の中が悪くなる一方」だったブッシュ政権の八年間に多感な時期を過ごし、「こんな時代のまま大人になるのは嫌だ」と感じていた。
そこへ彗星(すいせい)のように現れたオバマ氏。多様な文化に触れ、インターネットを駆使する「若い世代の代表」。シカゴの学生、オーブリー・ブランチェさん(19)の母は「オバマはあなたたちの世代のケネディね」と言った。一九六〇年の大統領選。オバマ氏と同じように若く、カリスマ性をもったケネディに米国民は夢を託した。が、ケネディの命を奪った凶弾とともに夢はついえ、米国は公民権運動の混乱、ベトナム戦争の泥沼へとはまりこんでいく。
「わたしたちも同じような道を通ったけど結局駄目だった」。母の言葉にブランチェさんは「でも今じゃなかったらいつやるの」と、オバマ氏の選挙運動に飛び込んだ。

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オバマ氏の支持網は、インターネット上で“友達の輪”を広げていくサイト「フェースブック」などを通じて築かれた。
「あなたが最も重要だと思う課題は?」。ネットワーク参加者には選挙後、オバマ氏の政策チームからこんな電子メールが送られてきた。ネットで政策を市民に問う初の試みに五十五万人が回答、政策チームはこれをさまざまな角度から分析し、緊急経済対策策定などに役立てている。
ネットを通じて伝わる有権者の生の声を基に政策が立案されていく「ネット民主主義」に挑戦するオバマ氏。変化の風は既に吹き始めている。
十二月上旬のシカゴ。景気悪化で解雇された労働者ら約二百五十人が窓・ドア製作工場を占拠した。大恐慌当時の一九三〇年代以来となる工場占拠事件に全米が注目する中、オバマ氏は労働者支持を表明。一週間後、争議は労働者側の勝利で終結した。労働運動に厳しい米国では異例で、地元記者は「オバマ時代」を先取りしたと話す。
「オバマ勝利は価値観に対する非暴力の革命だ」。黒人指導者ジェシー・ジャクソン師は力強く言った。(舟越美夏共同記者)

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米ジャーナリストのロナルド・ブラウンスタイン氏は、オバマ氏勝利に貢献した若者、ヒスパニック、高学歴の白人を「上向き連合」と呼ぶ。今後、米社会の中核を担い、影響力の増大が見込めるグループだからだ。一九三〇年代に公共事業拡大のニューディール政策で大恐慌を乗り切ったルーズベルト大統領は労働者中心の「ニューディール連合」を築いたが、上向き連合はこれに替わる民主党の支持基盤になるとみられている。


