崩壊への秒読みが始まっていた。
二〇〇八年九月十一日、ニューヨーク。投資会社「JCフラワーズ」を経営するフラワーズ氏は、米バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)と組み、米証券四位リーマン・ブラザーズの買収交渉に乗り出していた。
交渉の最中に、一本の電話がかかってきた。相手は米保険最大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)からだった。
「実は問題を抱えているんだ」。
フラワーズ氏は昼食をともにしながら、AIGのウィルムスタッド最高経営責任者(CEO)から財務内容の説明を受けた。このままなら翌週に資金が枯渇するのは明らかだった。
フラワーズ氏は、破たんして一時国有化された旧日本長期信用銀行(現新生銀行)の受け皿となった投資グループの中心人物。欧州の保険大手と手を結び、AIGを買収することも視野に入れていた。
十三日には、危機対策を指揮するポールソン財務長官と向き合った。二人とも米証券大手ゴールドマン・サックス出身で、三十年近い親交がある。会談には、ニューヨーク連銀のガイトナー総裁も同席した。
リーマン買収には公的資金による支援が欠かせないと訴えたフラワーズ氏に対し、ポールソン長官はこう語った。「われわれにはその権限がないんだよ」
金融機関を救済するための公的資金枠はまだなく、長官はリーマン買収への資金支援を拒んだ。
夏の暑さがぶり返した十四日の日曜日、バンカメは不良資


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リーマンを救済すれば危機は避けられたのだろうか。米連邦準備制度理事会(FRB)の国際金融局長を務め、グリーンスパン前議長の側近として知られたトルーマン元財務次官補は「それは無理だった。世界はもう歴史的な不況の寸前まで来ていた」とみる。
米住宅市場のバブルは何年も前から語られていた。
金融理論と数学で武装した専門家たちは、複雑な方程式で利益やリスクを計算する「モデル」を駆使し、住宅ローン債権、株式、社債などを組み合わせた商品を次々に生んだ。返済能力が低い人を相手にしたサブプライム住宅ローンも「富の源泉」となり、世界中にばらまかれた。
「モデルが狂気を正当化する手段になってしまった」。ゴールドマンで商品開発に携わったコロンビア大のダーマン教授(金融工学)は悔いるような表情を見せる。 「現実世界を強引にモデルに当てはめるのは、シンデレラのガラスの靴に意地悪な姉の足を突っ込むようなものだよ」。モデルへの過信が市場の暴走を呼んだ。 リーマン破たんの約一カ月前。FRBのバーナンキ議長は、下町の人情を描いたブロードウェーのミュージカル「イン・ザ・ハイツ」の観客席にいた。
FRBでは当時、物価上昇を警戒し利上げを主張するグループが金融緩和を阻んでいた。「原油価格は下がってきたし、もうインフレの心配はないのでは」。観劇の合間に友人の経済学者が話し掛けると、議長は大きくうなずいた。その四カ月後、FRBは事実上のゼロ金利政策になだれ込んだ。
年の瀬のニューヨーク。企業の合併・買収(M&A)を支援する「セージェント・アドバイザーズ」は、大幅な値引きの札が並ぶデパートに近いイタリア料理店で、幹部社員の採用面接を兼ねた夕食会を開いた。
セージェントは社員百人に満たない。金融商品には目を向けず、コンサルタント業務に徹して生き残った。そして人材獲得の好機をつかんだ。
「組織が大きくなれば、顧客の要望に鈍感になる」。大手銀行、証券の有力幹部らがリッチ社長兼CEOに送ってきた履歴書は約十センチの厚さに積み上がった。
バブル崩壊から空前の不況へ。欧州や新興国は米国の失敗に厳しい視線を向ける。地殻変動期を迎えたグローバル経済は再生の手がかりを探ろうとしている。
アジアや日本の金融危機を経験したウォルフェンソン元世界銀行総裁は「二十一世紀半ばには、中国とインドが世界の経済成長の半分を握る。米国や日本の地位低下は避けられない」と予見し、最後にこう付け加えた。
「どこの国でも活力は民間から生まれる。市場中心の社会はこれからも続くだろう」(春木和弘共同通信記者)
米国発の金融危機をきっかけに、世界は大不況の予感に覆われている。これまで機能してきた社会、政治、経済の仕組みが根底から揺さぶられ、人々は生き方や発想の大きな転換を迫られている。混迷の時代に何をどう考え、行動したらいいのか、さまざまな角度から探る。


