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厳しい現実、ブルースに
大学で歌う授業を展開 痛み共有する力伝える

#6非常勤講師

2013.06.25

厳しい現実、ブルースに 大学で歌う授業を展開  痛み共有する力伝える
みんなで歌詞をつくって歌う授業で、リズムを刻む佐藤壮広。学生との距離はとても近い=東京都港区の明治学院大(撮影・堀誠)

みんなで歌詞をつくって歌う授業で、リズムを刻む佐藤壮広。学生との距離はとても近い=東京都港区の明治学院大(撮影・堀誠)

佐藤壮広が自らの境遇に思いを込めてつくった「非常勤ブルース」の自筆歌詞(撮影・堀誠)

佐藤壮広が自らの境遇に思いを込めてつくった「非常勤ブルース」の自筆歌詞(撮影・堀誠)

 ギターがブルースのリズムを刻む。東京都内の医療系専門学校で開かれた研究発表会。演奏に集中していたゲスト講師の佐藤壮広(45)が、階段状になった教室の底の演壇から顔を上げて歌い始めた。
 「先生いつもどこに居るんですか? きかれるたびに答えるよ 俺はお前らの目の前だ」。大学で非常勤講師を務める佐藤が、自らの境遇に思いを込めてつくった歌「非常勤ブルース」。声は力強さを増し、最後にシャウトした。「ひとコマなんぼの 俺の生活」
 
▽不安定で低収入
 シャーマニズムや沖縄の精神文化を研究する佐藤は2000年ごろから首都圏の大学で教え始めた。幸い、授業の評判も良い。終了後、学生が寄ってくる。「先生、面白い。話がしたい。いつもはどこにいますか?」
 「最初はつらかった」と佐藤は言う。所属する大学がない非常勤講師に、自分の研究室はないからだ。毎年、同じ質問を受け続けるうち、04年ごろに言葉が口をついて出た。「目の前にいるよ」。「非常勤ブルース」はこうして生まれた。
 不安定で低収入。フリーランス大学教師の厳しさを、佐藤はユーモアを交えて歌詞に織り込む。「アルプス1万尺 俺はひと月3万弱♪」
 1コマ90分の報酬は7000円程度。月4回で約2万8千円。にもかかわらず講義準備や提出物の採点といった関連仕事は数多く発生する。12年度は、明治学院大、大正大、母校の立教大などで計8コマを担当、首都圏に点在するキャンパスの間を走り回った。研究時間をひねり出すのも大変な忙しさだが、非常勤講師としての年収は200万円台前半にとどまる。
 佐藤は授業で「非常勤ブルース」を歌い続けてきた。それは実態を知ってもらうことだけが目的ではない。「“トホホ”な体験の共有」が教育の現場に必要だと考えるからだ。自分の弱さ、つらさを戯画的にさらけ出す。そこから他者の痛みを共有できる人間としての力を学生につけてもらいたい。そんなふうに思う。「大学教員は専門の話だけして、人間としての自分を隠す。ただ、自分を開いていくことで『こんな人生モデルもある』と伝えられる。学生を励ますこともできる」
 不況下に育ち、就職も困難な時代。そんな学生たちだからこそ、佐藤の言葉を深く受け止める者も多い。明治学院大で授業を受けた大箸優介(23)は「思っていることを話すと『いいじゃん、それ』と言って、やる気にさせてくれた。常に肯定的に接してくれるのがありがたかった」。
 
▽労働者の自覚
 「非常勤ブルース」を歌い始めて10年近い。講演が増え、企業の労働組合にも呼ばれた。そこで再確認したのは自らの置かれた状況。「非正規労働者問題を批評するが、自分もそうなんだとあらためて気付いた。労組で歌うことで実社会と自分をつなぐ回路が開いた」
 専門は宗教人類学。ただ、活動を重ねるうち、歌や音楽を用いたコミュニケーションに関する講義が増えた。みんなで歌詞をつくって歌う授業も行う。重視するのは「聴く力」。耳を澄まし小さく弱い声を聴く。そして反応する。米国の黒人奴隷のワークソング(労働歌)を源流に持つブルースには呼び掛け(コール)に呼応(レスポンス)するスタイルがある。虐げられたり弱かったりする人の叫びとしての歌。佐藤が大切にするのは「コール・アンド・レスポンス」だ。
 大正大表現学部教授の渡辺直樹(61)は「コマーシャリズムと関係ない、本来のワークソングが立ち上がる現場がある。現代の諸課題を集約して表現している」と歌や授業を評価する。文化人類学専攻の私立大教授の佐藤の妻も、価値を認めて応援してくれるという。
 
▽学生依存症
 教えた大学は15を超えた。ただ、「大学に欠けている部分を補てんするような働き方は終わりにしたい」と思う。「フリーランスで10年やってきたことを、キャリアとして見てもらえるフリーエージェント制のような形ができないか。最近は自分で大学をつくりたいとも思うようになってきた」
 学生と接するのが大好きだ。授業がない時期、気分がふさぐこともある。「学生依存症かもしれない。助けられて、教室に立っている気がする」
 明治学院大での「社会参加実習」。歌をつくる授業が終わり、片付ける佐藤に、退室しようとした男子学生の一人が声を掛けた。「先生、後期が終わったら、飲みに行きましょうよ」「うん、行こう」。佐藤も軽く返す。
 「ああいう言葉が彼らから自然に出てくるようになるのが、とてもうれしい」。コール・アンド・レスポンスですね。そう言うと、佐藤の顔がほころんだ。(敬称略、文・西出勇志、写真・堀誠)
 ◎劣悪な労働環境     文科省が昨年発表した2010年度「学校教員統計調査」によると、他の定職を持たない専業的な大学非常勤講師は延べ8万2844人。  ただ、複数の大学を掛け持ちする人が多く、実数は3万人前後とみられる。実態などを詳細に把握する公的な調査はない。首都圏大学非常勤講師組合は、1コマ月5万円の実現を訴えるとともに、劣悪な研究環境や労働条件の改善、雇用の安定化、さらに生活実態の調査を求めている。  非常勤が長かった関西の私立大准教授によると、パートナーが働いて助け合うことで生活が成立している場合が多いという。40代後半の都内の私立大教授は「現在の職を得るまでの8年間、関連分野を含め約50の専任教員に応募した。生活が厳しく先が見えないため、アカデミズムの世界を去る人もいる」と話した。
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