環境、魚は逃げられない  情感と知識くれる海守れ 自然豊かな島に核廃棄物

 日焼けした顔、鋭い眼光、引き締まった身体。台湾南東部の離島、蘭嶼(らんしょ)に住む先住民タオ族の漁民作家シャマン・ラポガン氏(53)は海に生きる「海人」を自称し、毎日のように素潜り漁で魚を突く。20年以上にわたって反核運動を続け、自然豊かな蘭嶼に建設された核廃棄物貯蔵所の移転を強く訴えてきた。福島第1原発事故に心を痛め、「人類に反省の機会を与えた」と重く受け止める。

なすすべが無い

 「東日本大震災はいつものようにトビウオ漁から戻った後、テレビニュースで知った。津波が船、漁民、街を襲った場面が強く印象に残る。みな高い建物に逃げるだけで、なすすべも無かった。本当に恐ろしい」

●科学技術についてどう思いますか。

 「原発事故で汚染された土地は将来もずっと使えないだろう。科学技術は人類に利便性をもたらす。コンピューターは計算が速く、飛行機に乗れば、どこへも行ける。しかし、自然災害を防ぐことはできない。研究者は福島原発の事故も予測できなかった。放射能汚染をどう解決するのか。自然環境も魚も逃げられない。原発事故は人類に反省の機会を与えた」

 台湾では第1~第3原発の各2基、計6基が稼働し、全発電量の19・3%を賄う。日本メーカーが原子炉などを供給し「日の丸原発」とも呼ばれる第4原発も建設中。第1、第2原発は台北から20キロ圏内にあり、福島原発の爆発後、万一の場合に住民を速やかに避難させることができるか、懸念の声が上がった。

 「台湾の政府はあてにならない。地震や津波から住民を避難させる策を持っているか。台湾の科学者は福島原発の技術者のような能力を持っているか。答えはいずれもノーだ。政府はドイツやイタリアの脱原発の動きなど、意に介していない。多額の金を投資した第4原発の建設を続ける方針に変わりはない」

●福島原発の事故は海で生きる人々にも衝撃を与えた。

 「福島原発には1987年に行ったことがある。台湾電力がわれわれタオ族を視察に招待した。目的は蘭嶼の核廃棄物貯蔵所は安全だと宣伝するためだった」
 「福島原発のような事故が起きたら、われわれは何もできない。やり切れない思いだ。蘭嶼の核廃棄物に問題が起きたら、島民はどうすればよいのだろう」

津波神話

●蘭嶼には津波の神話があると聞いた。

 「その通りだ。ある女が潮をくみに来たら、海水はどんどんと引き続けた。その後、反対に大きな津波が押し寄せ、二つの山を残して蘭嶼のほとんどが水没した。津波は9年間も続いて多くの人が死んだ。老人がネズミのしっぽを持って祈ると、潮は引き始め、9年後に元の水位に戻ったという神話だ。昔この島を大きな津波が襲ったのだろう。もし、フィリピンのルソン島から津波が来れば、この辺は大変なことになる」
 「蘭嶼の海の汚染は心配だ。台湾の政府はタオ族をだまして核廃棄物を蘭嶼に置いた。島の人口は約4千人余りと少なく、抗議行動を指揮する知識人も少ない。私は貯蔵所移転に向けて努力をしているが、島民は危機感が非常に弱い」

 1980年代の台湾民主化の中で、先住民の権利要求や反核の運動に参加。先住民運動の「出身集落へ戻れ」との呼び掛けにより、台北から蘭嶼に帰り、自給自足の暮らしをしながら、小説

や随筆を書き続ける。小説「黒い胸びれ」はトビウオ漁で生きるタオ族の伝統的な生活を描き、台湾内外で高く評価された。

自然の冷蔵庫

●蘭嶼の伝統文化は今後どうなるだろうか。

 「島の人々は、自らの伝統文化、生活環境をあまり重視していない。われわれの年以上の男は手こぎ舟を自分で造れる。舟造りには多くの文化的な内容、伝統や信仰、島の自然環境についての知識が必要だ。しかし、近代化によってこれらも失われていく一方だ」
 「若者はモーターボートに乗り、夜の漁を怖がる。海と闘いつつも愛するという海との親密な関係からは程遠い」

●海がもたらすものは何か。

 「海は自然の冷蔵庫だ。中には魚がいて腐ることがない。われわれは自らの身体能力、経験と知識で海と友だちになり、そこから必要なものをもらう。海の生産力を減らすことはない。妻はサトイモやサツマイモを植え、できるだけ原初の食物を食べる。われわれが必要とする量はそう多くない。底引き網で漁をすればもうかるだろうが、すべての国でそんな漁をすれば、魚はいなくなってしまうだろう」
 「私は小説で自然とともに生きるタオ族の伝統を描いた。伝統的なトビウオ漁は本当に美しい記憶だ。作家としてその伝統を守っていこうと思う。私自身そうした暮らしを続けている。年とともに体力も衰えてきたが、やっぱり潜りたいんだ。海は魚がいて美しく豊かな情感や知識をくれるからだ」(文 森保裕)=2011年08月13日

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蘭嶼の海で銛(もり)を手に獲物を探すシャマン・ラポガン氏

シャマン・ラポガン氏略歴

 SYAMAN・RAPONGAN 57年台湾蘭嶼生まれ。台東高校卒業後、先住民優先枠の推薦入学を潔しとせず、台北で浪人。80年淡江大学フランス語科に一般枠で入学。卒業後、台北でタクシー運転手。89年蘭嶼に戻り、タオ族の伝統的な舟造りや漁を学びながら創作活動。99年国立清華大大学院(人類学)へ。03年修士号取得。

台湾蘭嶼

 台湾蘭嶼 台湾東部台東の南東約90キロの太平洋に浮かぶ離島。亜熱帯に属し面積45平方キロ。人口4300人の86%の3700人が先住の海洋民族タオ族、残りは漢民族。タオ族は長年、トビウオ漁とイモ栽培で自給自足の生活をしてきた。いまだに魚市場は存在しない。近年は観光業が盛んになり、ホテルや民宿、レストランや商店が増え、ダイビングショップやバーもできた。82年、島の南東部に台湾電力の核廃棄物貯蔵所が完成。90年代半ばまでにドラム缶で9万7672個の低レベル放射性廃棄物が貯蔵された。反対運動の結果、台湾電力は移転に同意したが、移転先は決まっていない。