絶望に響く言葉の力 連帯し変革促す 日本は新たな文明の模範に

 時空を縦横に結ぶ長編小説を多数発表し、権力に直面する個人の苦悩と反抗を描いてきたペルーの小説家マリオ・バルガス・リョサ氏(75)は、2010年のノーベル文学賞を受賞した。6月下旬の来日時のインタビューで、「文学は戦争や大災害で絶望する人々を連帯させ、よりよい社会に変える力を持つ」と語った。リョサ氏は、日本こそ近代化と精神の豊かさを合流させた新たな文明をつくれるはずだと指摘した。

時代に立ち向かう

●東日本大震災だけでなく戦争など今なお世界の多くの人々は苦悩の中にいます。文学は何を与えられるのでしょうか。

 「東日本大震災は世界が注目する大惨事だ。作家は常に自分の時代に立ち向かわなければならない。文学は人間を目覚めさせ、常に正義と進歩を目指すものだ。小説は単なる楽しみという考えは捨てるべきだ。文学は虚構を描くのだが、理想と対比することで今の社会の不正を浮かび上がらせ、『現状には満足できない。変えよう』と立ちあがり連帯する力をもたらす。言葉の壁、宗教の壁、偏見を打ち破り、孤独な者同士をつなげる。言葉は行動であり長く足跡を残す。作家は文学を通して行動するのだ」

●文学が連帯する力を与えるとは。

 「私はかつて『密林の語り部』という小説を書いた。私が知ったアマゾンの語り部は、点在して住む少数部族を回り、その部族に関する物語を語ることで、バラバラに住む部族が孤立しているのではなく大きな『家族』に属していることを認識させた。そうすることで近代化と政府の侵略で固有文化を失いつつあった部族に連帯感と力を与えていた。この語り部こそ私の仕事だと思った」
 「人間とは複雑で多様で矛盾に満ちている。作家とはその人間のもっとも素晴らしい洞察者である。民主主義は不完全だが、他の制度よりは良い。民主主義とは創造的、批判的な個人の参加が必要であり、復興でもそうだ。文学は批判精神を持ち逆境に立ち向かう人々の一助になるべきだ」

 「時代に立ち向かう」はリョサ氏の小説家としての一貫した姿勢だ。少年時代の暴力的な父、通った軍人養成学校での不条理、ペルーの独裁と貧困、それに対する言論の自由をめぐる戦いが背景にある。来日は4回目。放射能汚染を恐れて外国人の訪日中止が続く中、予定通り夫妻で来日し、ファンを喜ばせた。

物質主義を捨てて

●科学技術など近代化は人々を豊かにしたが、福島原発事故という災害ももたらした。近代化を反省すべきだろうか。

 「科学技術は、医療のようにわれわれの病気を治し生活を良いものにした。近代化に背を向けるべきではない。しかし、進歩には危険性もある。物質主義は感情や感受性、個人の精神を破壊し、専門外の人間との会話を奪い、非人間的な社会をつくる。物質的な進展と豊かな精神性を調和させなければならない」

●震災からの復興では、小規模集落や伝統の保存など文化をどう守るかが議論されている。

 「近代化は小さな文化を消しがちだが、伝統文化の力を守り共存する方程式を探らなければならない。小さな文化は巨大なグローバル化に対するわれわれが重視すべきもう一つの原則を示す。震災で問われ直している自然とのかかわり方、自然への尊敬を教えてくれる。伝統文化は近代化の障害でなく、われわれの財産なのだ」

小説に託す理想

●原子力についてはどう考えますか。

「科学の限界、自然の力を目の当たりにし、変えていかなければならないと深く思う。安くエネルギーを提供すると思っていたが、考えを変えた。自然に挑戦するリスクは大きく、文明が破壊される恐れがある。このエネルギー源を拒否し、リスクのないものを世界は協力してつくるべきだ。文学やジャーナリズムは議論を起こそう。福島の教訓を世界はないがしろにしてはならない」

1950年代から60年代にかけて中南米は独裁が続いた。リョサ氏ら中南米の若手作家はこの混乱期に実験的手法と物語性を組み合わせた作風で登場、人間の抵抗をたたえる作品で民主化にゆっくりと貢献した。「歴史を振り返れば、混乱期ほど素晴らしい小説が生まれる。混乱、不条理でなく理にかなった良い社会を求める心が小説に託された」と言う。混乱を迎えた日本でも文学が華やかに実り、大きな変革の前触れとなるのだろうか。

●日本は復興後、どんな国になるだろう。

 「世界は苦難に立ち向かう日本から学ぼうとしている。限られた面積と資源で日本は大国となった。信仰心、宗教を忘れず、文化、精神の力もあり、伝統文化の保持に成功した。日本は文化を絶対に失ってほしくない」

 「これからは文学や美術や音楽など、人間の在り方を示すものが役割を果たす。『飢餓に対する戦い』で世界の模範だった日本は、物質主義ではない市民文明をつくる今後の戦いでも模範となってほしい」(文 杉田弘毅、写真、有吉叔裕)

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東京のセルバンテス・センターでインタビューに応じるマリオ・バルガス・リョサ氏

バルガス・リョサ氏略歴

 MARIO・VARGAS・LLOSA 36年ペルー・アレキパ生まれ。サンマルコス大で文学と法学専攻後、スペインに留学し哲文学博士号取得。記者などをしながら小説の執筆開始。「都会と犬ども」「緑の家」「ラ・カテドラルでの対話」「パンタレオン大尉と女たち」「チボの狂宴」など話題作を多数発表。76年国際ペンクラブ会長。オックスフォード大、ハーバード大、東大などで名誉博士号。87年にはペルーで政治団体「自由」を創設し、90年にはフジモリ大統領の対抗馬としてペルーの大統領選にも出馬した。

近代化

 工業化の進展で①都市への集中②市場経済の確立③大規模工場制④官僚制度化⑤専門・技術教育の普及⑥マスコミの発達と大衆社会化⑦合理主義、個人主義、業績主義の浸透―などの社会の近代化が実現した。欧米で最初に起き、途上国が続いた。物質主義は近代化に伴う物財の豊かさを重視する傾向を指す。これに対して近代化がもたらす貧富の格差、グローバル化における支配・従属関係の固定化、環境や文化の破壊などの弊害に注目が集まり、精神を重視する論が起きている。