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 何が食べ物の安全を約束するのか
    

 ギョーザ中毒事件をきっかけに、中ong>国でつくられた食べ物に対する不安が高まっている。共同通信社の世論調査だと「今後、中国製食品は利用しない」という人が75・9%も占めた。

 しかし、食べ物が安全かどうかということと、産地(中国産か国産か)や価格(高いか安いか)とは、本来、何の関係もない。当たり前のことだが、安全かどうかは、生産工程や流通段階で危険なものを確実に排除する仕組みがあり、それが機能しているかどうかで決まる。「国産だから安全」とか、「生産者の顔が見えるから安心」というのは、笑い話だ。

 日本で起きた被害者が1万人を超える大規模な食中毒は、最近では1996年に大阪府堺市などで続発した病原性大腸菌O157事件と、2000年の雪印乳業(当時)の乳製品による集団食中毒事件の2件であり、輸入食材は原因ではない。

 価格やブランドも、安全とは関係が無い。高級品だから安全とは言えない。格安の輸入食材を扱うディスカウントストアのD社やH社、あるいは格安の居酒屋のS水産は、健康被害を出していない。健康被害を出したのは、乳製品のトップメーカーだった雪印乳業であり、少し前まで国の組織の一部だった日本たばこ産業(JT)や、安全をうたい文句にしてきた生活協同組合(CO・OP)だ。大企業かどうか、ブランド力があるかどうかは、安全性とは、まったく関係がない。

 では何が、食べ物の安全を約束するのか? それは、プロセス(工程)管理だ。HACCPやトレーサビリティー(生産履歴)システムが構築され、品質管理の国際規格であるISO22000、GAP(最良農業規範)、GMP(最良製造規範)と言われるような基準が導入され、確実に実行されているかで、安全かどうかが決まる。

 残念ながら日本では、プロセス管理の重要性に対する認識がとても弱い。トレーサビリティーも形だけで、その本質が理解されていない。携帯電話で食品包装のバーコードをなぞると、文字通り「生産者の顔が現れる」システムが開発されているが、生産者が特定されても、その生産者や流通業者が規範を守っていなければ、安全は担保されない。

 プロセス管理とは、生産・製造段階で、いつ、どこで、だれが、何を材料に使い、どのような手を加えたかを徹底的に記録し、流通段階においては、いつどこを通過して消費されたかを克明に追跡できる仕組みだ。確かに手間がかかるが、情報技術(IT)が発達し、バーコードやICタグの応用で、コンピューター管理が可能になっている。
例えるならば、一つ一つの商品に、「スイカ」のようなIC乗車券を持たせて、できるだけたくさんの改札口(チェック・ポイント)を通すということだ。不良品があれば直ちに通行止めとなり、欠陥が生じた場所や原因を特定できる。

 日本では、食べ物の安全が、こうしたシステムではなくて、一人一人、個人レベルの「注意力」や「衛生観念」で担保されてきた。板前さんは熟練しているから、狭い厨房でも、温かいものと冷たいものをごちゃまぜにして食中毒を出すようなへまは滅多にしない。従業員はお皿を一生懸命洗うから、熱湯で洗わなくても清潔だ。お客さんは自分のハンカチを持っているから紙タオルを置く必要もない。お互いの信頼関係に基づく衛生管理は、貴い。少なくとも、これまでは、そういう形で安全が守られてきた。

 個人的には、消費者が生産者や流通業者を信用できないのは、悲しい。IT技術を駆使しないと安全が確保できないのは、残念だと思う。しかし、これまでの、個人レベルの衛生観念に立脚した日本型安全管理はグローバルには通用しない。人は自由に移動し、食品加工工場は中国などに出て行く。十分な技術もなく、もしかすると文字も読めず、作業手順を間違えるかもしれない。そうした人たちがラインに入ってきても安全が担保されるような仕組みが構築される必要が出てくる。ギョーザ中毒事件は、こうした時代状況の変わり目に起きている。(勇)

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