【山口新聞のコラム】 …「地方分権」という甘い言葉をちらつかせながら、財源と指揮命令権をしっかりと握り、面倒くさいことだけを地方にやらせる。それがこの国の考える地方分権なのだ…(11月14日付「四季風」)全文
【佐賀新聞のコラム】 …政府・与党で決めきれなかった所得制限についての判断を自治体に押しつけることが地方分権とは。もう支離滅裂ではないか。…誰もこれで国内景気が上向くとは思っていない。…世論調査によると、国民の6割が「給付金は不必要な政策」だと考えている。為政者たちより国民の方がよほど国の現状と行く末を真剣に考えている…◆「選挙前にカネを配るなど、全国民への買収行為みたいなもの。しかも元はと言えばわれわれのカネを使って」と怒っていた人がいた。犯罪行為とは言わないが「まれに見る愚策」と言われても仕方ない。ここで「地方分権」と言うなら、せめて給付金の使途を地方の実情に合わせて使える制度ぐらい考えられなかったろうか…(11月14日付「有明抄」)全文
【西日本新聞のコラム】 …世論調査では6割近くが「評価しない」と出た。ばらまきに勝る知恵はいくらでも絞れるはず、とのいら立ちが交じる。途中で加えた所得制限を含め煩雑な事務はすべて地方に丸投げ、とあっては政策とも呼びにくい▼市区町村の悲鳴をよそに、報道によると某閣僚いわく「(地方は)いい政治訓練になる」。麻生首相は「地方分権だからよろしいんじゃないですか」。言葉がすさみ始めたら人も組織も世間では要注意だ。政界が例外という話は聞かない。(11月14日付「春秋」)全文
【宮崎日日新聞のコラム】 将来の日本の統治を考える上で避けて通れない地方分権。分権が進展すれば、現在の中央集権化での県の役割は低下する。ならばいっそ「廃県置藩」にしたらどうかの声が勢いを増している。明治維新の逆をいこうというのだから、江戸回帰も本物に思えてくる。江戸時代の藩は約300。日本は独立した藩による主権国家の連合体だった。これは民主党の言う「全国300の広域連合自治体で分権推進」とほぼ符合する。日本が近代的制度を整えてから140年。そろそろ綻(ほころ)びが出てもおかしくない。江戸回帰の背景には経済合理性が肥大した現代社会への反省がある。環境、スローフード、地域社会の絆(きずな)…。江戸期は生きる上で重要な精神的インフラを備えていた。…(7月19日付「くろしお」)全文
【中国新聞のコラム】 日本で県の数が三十五しかなかった時代があった…明治の新政府は強力な中央集権国家をつくるために廃藩置県を進めた。小さな器では財政力が弱いとして、当初は三百二もあった県の統廃合を繰り返した。中国地方では、現在の鳥取県は島根県に吸収され、東西三百五十キロもの細長い県ができた。鳥取側の住民の反発は大きく、結局、二県に分離することになる。他の県でも住民の分離運動が相次ぎ、一八八八年に県の数は現在の四十三で確定した。明治の話だから住民の意向など無視した改革と思うかもしれない。ところが県境には案外、住民の強い意志がこめられていたのである。中央ではここ数年、道州制の議論が盛んだ。分権を担える自治体を、という大義名分はある。一方で、財政難の行政を効率化させようという思惑がのぞくところは、明治と共通点もある。道州の区割り案もいくつか登場しているが、地方の議論を尽くさないまま進めたのでは、歴史に学んだことにはならないだろう…(8月24日付「天風録」)全文
【北海道新聞のコラムから】 …大ニュースではないが心温まる話題が地方紙によく出る。47NEWS(よんななニュース)にそんな情報が集まっている。血も凍る事件が続く中、ほっとする中身だ。一方で、沖縄慰霊の日の一昨日、那覇の都心の森から、日本兵の全身の遺骨が収集された、と驚くような記事も見かけた。47NEWSを通じて各社の社説をくまなく見ている、と文芸評論家の斎藤美奈子さんが少し前の本紙に書いていた。「権力の暴走を監視するジャーナリズムの役割は…むしろ地方紙によって担われているかのよう」と指摘する。…東京と地方では、いまや視点が異なる。国土も情報も一極集中はしない方がいい。ほろりとし、驚きながら、多様な目で世の中をみる。忠犬ジョイをきっかけにして読んだ各地の記事は、なかなか楽しかった。(6月25日付「卓上四季」)
【秋田魁新報のコラムから】 …年に4回の定例会を通年議会に変更した北海道の白老町議会。緊急の案件に迅速に対応できるほか、会期を気にせずに審議を尽くせるメリットがあるという。今月から導入しており、もちろん全国で初めて。…陳情や請願の提出者には審査日程などを連絡し、傍聴機会の拡大に努めている。…政府の地方制度調査会専門小委員会は、サラリーマンらも議員を兼務しやすくしようと、夜や休日の議会開催を増やす方策を検討することを決めた。実現すれば議員の平均年齢は若返るかもしれない…最近注目された改革としては福島県矢祭町の議員報酬の日当化や、定例会の会期を2倍にした三重県議会がある。白老町と矢祭町の共通点は合併していないこと。単なる改革を通り越し、「独立」を貫こうとする必死さを感じさせる。(6月22日付「北斗星」)
【河北新報のコラムから】 …「市を中心に権限移譲を盛り込んでおり、実現に全力を挙げたい」。6月4日の全国市長会で増田寛也総務相が期待感を表明した。増田さんは岩手県知事時代から「市町村が地方自治の主役」と主張。…この際「権限の移譲」などと、お役所言葉はあえて使うまい。身近な行政課題は身近な場所で、が分権の出発点。…(6月6日付「河北春秋」)
【琉球新報のコラム】…県内には奄美出身者も数多い。道州制論議では「沖縄は単独州」との意見が大勢だが、奄美を含めた「琉球道」の議論がもっとあってもいい。(5月27日付コラム「金口木舌」)全文
【岐阜新聞のコラム】…政府の道州制ビジョン懇談会が中間報告を出した。26ページの報告書は《日本を活性化させる極めて有効な手段》と道州制を位置づけている。・・ことはそれほど容易か。県合併も伴う道州制には、広域化第1弾だった市町村合併の検証が欠かせない。…(3月29日付「分水嶺」全文
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最近、地方紙の役割について考えています。例えば、同じ道路特定財源についての記事でも遠く離れた県の道路事情が書かれているより、地方紙を読んで自分にとって身近な地域の道路事情から書かれている方がより深く考えることができると思う。
道新の忠犬ジョイの話のように暖かいニュースにもたくさん出会えます。
投稿者 匿名 : 2008年06月26日 08:56