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真の「田園回帰」時代を迎えるために、なにが必要か 〜「集約」論への対抗軸としての「田園回帰」の実態と可能性〜          全国町村会調査室長 坂本誠

2014/11/04/ 08:00

 人口減少問題が、わが国の将来を覆う課題としてクローズアップされている。

 本稿では、まずその「火付け役」となった増田寛也元総務相らの手による一連の論文を「増田レポート」と総称し、その内容を検証したい。

 一方、小田切徳美明治大学教授らは、「増田レポート」が農村の存在を否定する「農村たたみ論」を誘導しているとして、その対抗軸として「田園回帰」(都市部から農村への若年層を中心とした人口移動)の実態と可能性を主張する。本稿の後半では、「田園回帰」の実態の検証を通じて、人口減少対策としていまなすべきことを導き出してみたい。

1.「増田レポート」をどう読むか
1)増田レポートの時代的背景

 人口問題は決して新しい社会的課題ではない。特に農村地域においては、既に1960年代後半より「過疎」問題として顕在化しており、1970年には、現在まで続く「過疎対策」の嚆矢となる「過疎地域対策緊急措置法(過疎法)」が議員立法により制定されている。

 しかしこれまで人口問題は、つとめて農村地域における「高齢化」の文脈で議論されてきた。1990年代初頭に大野晃高知大学名誉教授が提唱し、2000年代半ば以降急速に流布した「限界集落」という用語も、高齢者が住民の半数以上を占める集落を指していた。

 加えて、これまでは人口問題とはあくまで農山村におけるものであり、都市部にとっては「過密」の文脈で議論されることはあっても、どちらかといえば「対岸の火事」だった。ましてや国そのものの持続可能性に影響を与えるという認識はさほど強くはなかった。

 しかし、そうした状況は大きく変化しつつある。

 第1に、農村における高齢人口の増加はピークを過ぎようとしており、むしろこれから高齢人口が急増するのは、都市部においてである。

 図1は、高齢人口の長期推移を過疎市町村(過疎地域自立促進特別措置法による過疎地域として指定された市町村)と非過疎自治体(過疎地域に指定されなかった市町村)とで比較したものである。過疎市町村における高齢人口の増加ペースは1990-95年をピークに鈍化しており、2005年時点で人口1万人未満の過疎市町村に限定すれば、2005年をピークに減少に転じている。一方、非過疎市町村においては、高齢人口の増加は衰える兆しを見せない。

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 第2に、都市部と農村とでは「高齢者」の態様がまったく違う。農村では65歳に達したからといってすぐに生産現場や地域活動から退くわけではなく、むしろ兼業先を退職して時間的な余裕ができた高齢者こそが地域の担い手として期待される。かたや、都市部の高齢者は退職した途端に多くが「被扶養人口」となる。これから高齢化する団塊の世代が扶養される側に回れば、とてもその地域の福祉はもたないだろう。

 このように、人口問題が農村に限らず都市部も含めて国全体の行く末を左右するテーマとして問われつつある中で登場したのが「増田レポート」であり、人々が地域やこの国の将来に対してうすうす感じていた不安を可視化して見せたのが「消滅可能性都市リスト」であると言えよう。

2)「増田レポート」の問題点

 だが、「増田レポート」が将来人口の推計結果として示す「消滅可能性都市リスト」ならびに人口減少問題への対応策として示す方向性には問題点も少なくない。

(1)推計結果が地域に及ぼす影響に対する配慮の不足

 日本全体の将来人口については、母数が大きく、現在のところ国境を越えた人口移動が人口の趨勢に影響を与えるほど活発ではないため、高い精度の推計が可能である。しかし、市区町村ごとの将来人口の推計は、母数が小さいうえに、社会増減(地域間の移動)に関する推計技術が開発途上であるため、精度は低い。

 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が市区町村別の人口推計を始めたのは2000年国勢調査にもとづく2010年人口の推計からであり、その推計結果を2010年国勢調査による実績値と照合すると大きく乖離しており、未だ実用レベルに達しているとは言いがたい。

 「増田レポート」は社人研の推計方法を若干修正して独自の推計結果を示しているが、根幹部分は社人研の推計方法と同じであり、推計精度は五十歩百歩である。
もちろん、推計精度の低さそのものは、人口推計技術の未発達によるものであり、「増田レポート」そのものの問題ではない。

 「増田レポート」の問題は、精度の低い推計をもとに、センセーショナルに「消滅可能性が高い」と称して該当する市区町村のリストを示したことである。世論を喚起する意味で敢えてこうした方法を採ったのだろうが、リストがひとり歩きしているのが現状である。これを危機バネとして将来に向けた対応策につなげる市区町村もあるだろうが、逆に地域の将来に対する「あきらめ」感が広がり、かえって疲弊を早めてしまう市区町村もあるのではないか。

(2)人口の動態的把握の不足

 第2の問題は、定住人口のみをもって地域の維持存続を論じていることである。
たしかに一昔前は、生まれてから死ぬまでその土地に暮らし続けることは珍しくなかった。しかし現在では、進学や就職、結婚、退職などライフステージごとに住み替えるのがむしろ一般的である 。地方圏からは10代から20代にかけて進学・就職に伴う大規模な他出が発生するが、こうして他出した層も30代に差し掛かるとUターンを考える者が増えてくる。


 また、日常的な人口移動も考慮する必要がある。筆者が鳥取県中山間地域のある地区で調査したところでは、地区出身者の47%が自動車で1時間圏内に居住し、うち75%が月1回以上の頻度で帰省していることが判明した。山口県中山間地域でも同様に、出身者は比較的近くに住み、しばしば実家に帰省しているとの調査結果を得た。人口減少や高齢化が著しく進んだ地域でも住民のくらしが成り立っているのは、近くの町に住む息子や娘が、週末に帰省して実家の両親の生活の世話や農作業の手伝い、さらには地域の仕事をしているからでもある。

 さらに、これから「働き方」が自由になれば、既に徳島県神山町のサテライト・オフィスの取り組みなどで実践されているように、都市圏と地方圏を行き来しながら働くという形態も増えると予想される。
このように人口の流動性が高まった現在では、地域の実態を定住人口のみで判断するのではなく、人口を動態的に捉えて分析することが求められる。にもかかわらず、「増田レポート」にはこうした視点を欠いている。

(3)「平成の合併」前の旧市町村単位の実態を見落とす
第3に、平成合併後の市町村単位で推計しているため、旧市町村単位の実態を見落としている点である。

 図2として、静岡県浜松市の旧市町村単位の人口増減率(2000〜10年)を示した。浜松市2005年に周辺の2市8町1村を編入、(新)浜松市の人口は70万人を越え、2007年には全国17番目の政令指定都市となった。一方で(新)浜松市の面積は1500平方キロを越え、商工業の盛んな沿岸部から峻険な山間地域まで多様な市域を抱えることとなった。

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 (新)浜松市全域では10年間で人口は1.9%増となっている。ところが旧市町村単位で見ると、(旧)浜松市に隣接する旧市町村では増加しているものの、その周縁部にある旧市町村では減少している。特に市北部の旧4町村(水窪町・佐久間町・春野町・龍山村)では、2〜30%前後の大幅減となっている。

 合併前の「旧町村部」で、深刻な人口減少問題が発生しているのは、浜松市に限った話ではない。
表1として2000年から10年にかけての「20〜39歳女性人口」減少率上位20市町村を示した。「増田レポート」が平成合併後の市町村単位で集計しているのに対し、本表は「平成の合併」前の市町村単位で集計している。

  表1.jpg

 表を見てまず気がつくのは、減少率上位20町村はいずれも「平成の合併」を行った地域だということである。さらに、これらの地域では10年間で「20〜39歳女性人口」が6割以上減少するという深刻な人口減少問題に見舞われている。念のため付言しておけば、「増田レポート」は2040年の推計人口をもとに検討を行っているのに対し、本表は実績値である。この表が示しているのは、既に起こっている現実である。


 これから人口減少への対策を講じる上でも、「旧町村部」は大きなハンディを背負っている。町や村として残っていれば、役場がイニシアチブをとりながら町や村を挙げて人口減少対策を進めることができる。だが、合併して「旧町村部」となった地域では、誰がイニシアチブをとって人口減少対策を進めるのか。

 このように、「平成の合併」によって新たな自治体の一部となった「旧町村部」において、地域の持続可能性に関して危機的とも言える状況が起こり始めている。こうした現状をふまえれば、平成合併後の市町村単位で人口減少問題を分析して対策を講ずるのは、「旧町村部」における問題の実態を見落とし、対策を誤る可能性が高いと言えよう。

 「増田レポート」は、人口減少への対応策として市町村合併には言及していない。だが、大森彌東京大学名誉教授は、「自治体消滅という最悪の事態を想定したがゆえに、 人びとの気持ちが萎えてしまい、そのすきに乗じて『撤退』を不可避だと思わせ、人為的に市町村を消滅させようとする動きが出てくる」(大森彌「『自治体消滅』の罠」『町村週報』No.2879、1頁)として、「増田レポート」がさらなる市町村の再編を促す手段として用いられる危険性を指摘する。大森氏が懸念するように、仮に「増田レポート」を契機として人口減少対策として市町村の再編が促されるようなことがあれば、新たな「旧町村部」を作り出し、さらなる地域の疲弊を招きかねないだろう。

(4)「集約」の論理
  第4の問題点は、「増田レポート」が人口減少への対応策として示している「集約」の論理である。
「増田レポート」は、人口減少が特に地方圏において著しいことを問題視し、対応策として「地方から大都市への流出を食い止め、大都市に出た若者を地方に『呼びこむ・呼び戻す』」必要を指摘する。そしてその手段として、「選択と集中」の考え方の下に「『若者に魅力のある地域拠点都市』を中核とした『新たな集積構造』を構築することを目指して、投資と施策を集中する」ことを主張する。

 しかしこうした施策は、現状の大都市圏への集中構造に代えて、地方の中核的都市への集中構造を作り出すだけであり、その周辺にある農村にとっては何ら解決をもたらさないどころか、農村から都市へのさらなる人口流出を招きかねない。すなわち、地方都市への新たな「集中」を生み出すだけであり、農村の疲弊がさらに進むだけではないだろうか。

 表2として、若年層(20〜30代)のブロック間の人口動態の長期推移を示した。ある年度の20代は、10年後は全員30代になっているはずなので、10年間に人口の移動(死亡・転出入)がなければ増減はゼロとなる。この世代の死亡率は10年間で1%未満であり、その幅を超える増減は転出入によるものと見なすことができる。

差し替え版表2.jpg

 この表によれば、高度経済成長の只中にある1960年代は地方圏からの流出が著しいが、70年代以降は地方圏への還流が確認できる。10代から20代にかけては雇用や高等教育機関の選択肢の少ない地方圏から選択肢の豊富な都市圏への大規模な他出が発生するが、こうして他出した層も30代に差し掛かると地方圏へのUターンを検討する。表からは、1970〜90年代にかけて地方圏は若年層のUターンを一定程度吸収できていたことが観察される。

 ところが、2000年代に入るとその流れは逆転する。東京都が流入(プラス)に転じる一方、他のすべてのブロックは流入を減らすかもしくは流出(マイナス)に転じている。このように、2000年代は若年層の東京への一極集中(滞留)が進んだ期間だった。

 タイミングが悪いことに、東京一極集中(滞留)期の2000年代に30代を迎えた世代こそ、「団塊世代」の次に大きな人口の山を成す「団塊ジュニア世代」であった。「団塊ジュニア世代」がちょうど子育て世代に差し掛かる頃に東京に留まったことは、今後の人口政策、国土政策に大きな禍根を残すことになったと言わざるをえない。

 では、2000年代に何が起こったのか。それは、「改革」という名の、「集約」の論理にもとづく「選択と集中」である。

 公共投資の削減に伴う建設業の縮小撤退、製造業の流出(賃金の安いアジア諸国への工場流出・工場三法の廃止・緩和による工場の大都市圏回帰)に加えて、ホワイトカラー層の受け皿であった市町村や協同組合が、統廃合や行政改革・機構改革により採用を大幅に縮小した。こうして、2000年代に入って地方における雇用の受け皿が急激に収縮し、その結果、若年層が大都市圏、とりわけ東京に留まらざるをえなかったと推察される。

 結局のところ、2000年代に採られた「改革」路線は地方における雇用確保の視点を欠き、結果として地方の雇用情勢を急激に悪化させ、若年層の東京への一極集中(滞留)を招いたのである。「増田レポート」の示す「消滅可能性都市リスト」は、2000年代に採られた「改革路線」という名の「集約」方針が今後30年継続した場合の「起こりうる未来」とも言える。


2.「田園回帰」論の検証〜実態と可能性
1)実証の乏しい「田園回帰」論

 こうした「集約」の論理への対抗軸として小田切徳美氏らが主張するのが、「田園回帰」論である。

 小田切氏は、「増田レポート」における推計は、近年起こっている若者を中心とした都市部から農村への人口移動―すなわち「田園回帰」傾向を過小評価していると指摘する。そして、「増田レポート」が人口減少対策として指向する「集約」の論理にもとづく農村からの撤退戦略は、「田園回帰」による農村再生の芽を摘みかねないと批判する(小田切徳美「『農村たたみ』に抗する田園回帰」『世界』2014年9月号)。

 しかし、「田園回帰」を実態として評価するには、あまりにも実証が乏しい。小田切氏も田園回帰の全体像を示すデータが未だ存在しないことを認めたうえで、傍証としていくつかのデータを示しているが、そのいずれもデータの取り扱いに問題がある。

 たとえば、山口県周防大島等では「若者の移住増により人口社会増加を実現した」としているが、小田切氏が根拠として引用している中国新聞の記事は、年齢層区分のない一括集計による社会増と若者の移住が目立っているという役場担当者の達観評価を併記しているのみで、若者の移住が実際に増えているかは明らかにされていない。現実には、周防大島の若年層は未だ社会減であり、増加しているのは60代前半の定年退職組である。

 また、鳥取県への移住者が増えたとしているが、根拠としている鳥取県発表データは、県の相談窓口を経由して県内に転入した人数と自治体の窓口担当者が転入受付時に「移住」と判断した人数をカウントしたものである。実際には、移住者の割合が高いとして列挙された町村では、若年層は社会減である。さらに、ふるさと回帰支援センターの相談件数が増えたというのも、相談窓口が東銀座駅前から有楽町駅前に移転したことや、相談員や展示を置く自治体の数が増えたことを考慮していない。 後2者のデータからは、自治体による誘致活動に対する認知度が高まったとの評価はできるかもしれないが、傾向として若者が進んで農村に向かっていると評価するのは厳しい。

 現実はといえば、前章表2で確認したように、2000年代に入ってから、1990年代までとは打って変わって東京への一極集中が進んでいるのが実状である。

2)「田園回帰」に対するニーズ

 では「田園回帰」は空想にすぎないのかといえば、そんなことはない。

 第1に、個別の自治体単位では、一部ではあるものの「田園回帰」傾向が確認される。

 図3として、市区町村ごとに若年層(2013年時点で30〜39歳)の直近5年間(2008〜13年)のコーホート変化率を分析した結果を示した。スペースの関係で西日本の一部地域のみの図示になっていることをお許し頂きたい。

図3.jpg

 この図によれば、島根県や宮崎県を中心に、山間部や離島でも若年層の流入が見られる自治体が散見される(ただし、島根・宮崎の両県は10代から20代にかけて進学・就職期の県外他出が顕著な県であり、その反動として20代から30代にかけて比較的大きな流入が見られるものの、10代から20代にかけての流出を埋め戻すには程遠い。「田園回帰」先発地域としてよく引き合いに出される島根県の動向は、こうした背景も含めて理解する必要がある)。それ以外の県でも、たとえば徳島県上勝町は、周囲の自治体が10%以上減らしている中で、逆に10.8%の増加を記録している

 第2に、実際の動きはごくわずか(ミクロ的)にとどまっているかもしれないが、「田園回帰」のニーズはマクロ的現象として高まりつつある。

 内閣府が2014年に実施した世論調査では、農山漁村地域への定住願望をもつ都市住民の割合は2005年に比べて大幅に増えており(2005年:20.6%→2014年:31.6%)、特にこれまで他世代に比べて農山漁村地域への定住願望が少なかった30代(17.0%→32.7%)、40代(15.9%→35.0%)において顕著な伸びが確認される

 その要因の1つは、ライフコースの多様化にあると考えられる。労働市場の変化(非正規雇用の増加・終身雇用制度・年功序列賃金の弛緩)、家族形態の変化(未婚化・少子化)が進み、就職して安定的な所得を確保し、結婚して家族を持ち...というこれまでの世代が前提としてきた標準的なライフコースが失われつつある。その結果、多様な生き方を自ら作り出す必要が求められる時代が到来しつつある。その中で、自らのライフコースを作り出すフィールドとして「農村」に属する地域を志向する人々が今後増えていく可能性は高い。

3)「田園回帰」の政策への適用をめぐって

 以上、「田園回帰」の実態について検証を行ってきた。これらの諸要素をふまえて、「田園回帰」の政策への適用について考え方を整理しておきたい。

 まず、実態検証の結果、個別の自治体単位(ミクロ的)では「田園回帰」傾向は確認できたが、全国的(マクロ的)にはむしろ「田園回帰」とは逆に東京への一極集中傾向が進みつつあることが明らかとなった。

 この結果をふまえれば、「田園回帰」の政策への適用可能性について、次のような指摘ができよう。

 ミクロ的現象からマクロ問題の解決につながるヒントを抽出する手法はありうるが、個別の自治体単位で発生しているミクロ的現象を、東京への一極集中というマクロ的な問題の解決にそのまま当てはめようとするのはいささか無理がある。それでもなおかつ「田園回帰」傾向を全国的な動向として主張するのは、東京への一極集中というマクロ的問題から目を逸らし、根本的な解決とは程遠い弥縫策を容認してしまうことにつながらないか。

 次に、「田園回帰」の可能性を探るためにニーズを検証した結果、若年層を中心に「田園回帰」に対するニーズは高まっていることが分かった。こうした意識変化を具体的な行動につなげていくために、「田園回帰」の条件整備を政策的に進めていくことは重要だろう。

 ただ、ここで注意を促しておきたいのは、「田園回帰=善」「都市への移動=悪」という二元論にとらわれるべきではないということである。都市から地方への流動ばかりを善として強調するのは、大学進学率の都市・地方間格差の拡大など、地方の若者が都市に出て行きづらくなりつつある現状に照らせば、ややバランスを欠いていると言わざるをえない。若年層が都市に出て行くことは悪いことなのか。都市に未来はないのか。いや決してそのようなことはないだろう。

 ライフコースの多様化に伴って、自らのフィールドとして「農村」に属する地域を選択する人々が今後増えていく可能性は高い。しかし、こうした人々が、自らのフィールドを「都市」「農村」という地域属性にもとづいてフィールドを選ぶと考えるのは禁物である。これからの世代は、自らのライフスタイルを作り出すフィールドとして選択した地域が、結果的に「都市」や「農村」に属する地域であるかもしれないだけで、「都市」「農村」という二項対立から自由な立場で自らのフィールドを選びとっていくことになるだろうし、むしろ本来はそうあるべきではないのか。

 であるならば、真の「田園回帰」時代の到来を迎えるために、遠いようで一番の近道は、居住地にかかわらずイコールフッティングな社会の実現を目指すことではないか。すなわち、都市部でも農山漁村でも、平野部でも山間部でも離島でも、生活スタイルは異なれども、その土地で暮らし続けることができ、そして次の世代がその生まれた境遇に関わらず自らの可能性を切り拓けるような、憲法が本来掲げる理念に沿った社会づくりである。

4.真の「田園回帰」時代を迎えるために必要な生活基盤整備とは

 では、居住地にかかわらずイコールフッティングな社会を実現するために、どのような生活基盤の整備が必要か。本稿では、代表的な2つのテーマについて言及しておきたい。

1)教育対策

 第1に、教育政策における対応である。

 子育てについてはこれまでの家族福祉依存型からの脱却が進みつつあるが、教育に関しては未だ費用負担を含めて多くを家庭に委ねている。GDPに占める教育機関への公的支出の割合はOECD諸国の中で日本が最下位、高等教育に係る支出に占める公的負担の割合もワーストクラスである。

 これまで家庭が高額の教育費用を賄い続けられたのは、終身雇用制と年功序列の賃金システムが、子供を高等教育機関に通わせる中高年期に高賃金を保障してきたからである。しかし、今やその前提は通用しない。その結果、所得の格差が、教育機会の格差につながりつつある。

 さらに、現在深刻化しつつあるのは、教育機会の地域間格差である。 

 図4は、農家家計の支出構成の長期的な推移を追いかけた分析結果である。これを見ると、飲食費や被服費が割合を大きく減らす一方で、増加している分野が大きく分けて2つある。

図4.jpg 

1つは交通通信費。1960年から70年にかけて急増していることから、モータリゼーションによる自家用車の普及が要因として指摘される。現在、公共交通サービスの乏しい農村では自家用車は生活必需品であり、1人1台が当たり前と言っても過言ではない。本稿では詳述を省くが、公共交通の充実化は、子どもや高齢者など交通弱者のためだけでなく、住民の家計支出の軽減策にもなりうるという視点が必要だろう。

 そしてもう1つ増加している分野が、教育関係費である。学校教育費(主として授業料)はあまり変わらないが、教育娯楽費(学習塾や習い事の月謝など)は徐々に増えている。

 それにもまして目立つのが「その他」の増加である。「その他」には、小遣い・諸会合雑費、贈答・送金等が計上されている。その内訳は年度によって組み替えがあるために連続的に推移を追いかけることはできないが、他の統計データ(総務省が実施している家計調査)もふまえながら類推すると、増加分の多くを「送金」すなわち「仕送り」が占めている可能性が大きいと指摘できる。

 都市部では高校から下宿させることはめったにないし、大学や専門学校でも自宅からの通学が可能である。一方、農村では高校から下宿を余儀なくされるケースも少なくはないし、ましてや大学や専門学校に至っては自宅から通える方が珍しい。すなわち、農村は都市部に比べて所得水準が低いうえに、都市部よりも教育費負担が大きいという、二重のハンディを背負っているのである。結果として、大学進学率の都市との格差は近年拡大の一途をたどっている(「大学進学率、地域差が拡大 東京急伸72% 5県は40%未満」朝日新聞2014年10月15日朝刊)。

 こうした教育費問題が、これからの子育て世代である若年層の農村からの流出を招き、農村へのUIターンの障壁にもなっていることは想像に難くない。

 農村でしばしば耳にするのは、子供の教育機会や教育費負担を考えて子育て世代が都市部に転居したという話である。統計的に確認できているわけではないが、子供の教育機会や教育費負担を理由に都市部での居住や就労を志向する若年層は決して少なくないと思われる。農村へのUIターンへの影響もしかり。自らの居住地の選択が子供の将来を左右しかねないとなれば、農村へのUIターンを躊躇するのも無理のない話だろう。

 次の世代がその生まれた境遇に関わらず自らの可能性を切り拓けるような環境づくりは、教育政策の根幹とも言える部分でもある。であればこそ、生まれや居住地の違いが教育機会の格差を生んでいる現状に照らして、方針の抜本的な転換が必要ではないか。 

2)住宅対策

 次に指摘しておきたいのは、住宅政策である。

 日本の住宅政策は、これまで建設需要を喚起する経済政策としてしかとらえられず、福祉政策における位置づけは不十分だった。そのため、政府の住宅政策は中間層の新築による持家取得の促進に傾いてきた。賃貸住宅や中古住宅に関する政策はごく限定的なものにとどまってきた。その結果が、都市・農村問わず悩みの種となっている「空き家」問題である。

 その点、図3の別表に掲げた若年層を集めている町村では、既存のストックを有効活用しながら、持ち家/賃貸の区分にこだわらず、独自の工夫で住宅の確保を進めている。

 島根県海士町では、町営住宅の新設に加えて、空き家を定期借家権により町が借り受けて公費で改修したうえでIターン者に貸し出し、賃料で改修費を補填するという空き家リニューアル事業に取り組んでいる。島根県美郷町は40歳以下の子育て世帯を対象にした町営住宅の整備を進めている。入居者が間取りを選択できるうえ、25年間住み続ければ敷地ごと無償で譲り受けることができる制度となっており、これまで9年間に33戸が建設され、154人の定住につながっている。諸塚村でも、古民家を都市農村交流施設としてリフォームし、その常駐の管理人として若年層の移住者を採用するという、一石三鳥(空き家の活用・都市農村交流・移住者用住宅の確保)の施策を導入している。徳島県上勝町でも、学校の廃校舎を活用するなどして、町営住宅の整備を進めている。

 こうした先発的な取り組みは、国の住宅政策のエアーポケットを補うものとも言え、学ぶべき点は多い。

 「衣食住」と言われるように、住宅は生活を営んでいくうえで基本中の基本ともいえる要素であり、人々の移動を円滑にするためには、少なくとも「住」に事欠くことはない社会づくりが必要ではないだろうか。

 
3)おわりに〜居住地にかかわらずイコールフッティングな社会づくりの意味

 個々の家計にブレークダウンしてみれば、経済面でくらしの持続性を担保するのは収入と支出のバランスであり、読者の皆様も、自身の生活に立ち返ってみれば、収入と支出のバランスを意識しながら生計を立てているはずである。

 しかしどういうわけか、これまでの人口減少対策は雇用対策や所得向上策など収入面からの生活基盤づくりに傾注し、支出面からの対策には消極的だった。その結果、生活基盤確保のための教育政策や住宅政策は、これまでの国の政策においてエアーポケットとなってきた。

 そこで筆者が提起したのは、経済活性化による収入面からの対策だけでなく、生活条件の整備として支出面からの対策を併せて行うことであり、その出口として措定したのが、居住地にかかわらずイコールフッティングな社会の形成である。

 雇用対策や所得向上策など収入面からの対策は成否を分ける変動要因があまりに多く、当たり外れが大きい。また、収入面からの対策は、よしんば成功したとしても効果が行き届く範囲は限られている。その点、支出面からの対策は、より確実で、より広い範囲に効果が行き届く、ユニバーサルな政策である。

 既成概念を改める作業を伴うだけに、実現までの過程には困難も予想される。しかしそれが実現した時、国土政策は二項対立を超えた新たな展望を切り拓き、人々は「都市-地方」「都市-農村」の二項対立から自由な立場で自らのフィールドを選びとることができるようになるだろう。そしてその時、我々は真の「田園回帰」時代を迎えることになるのではないか。

 さかもと・まこと  1975年高知県生まれ。東京大学法学部、同大学院工学系研究科社会基盤工学専攻を経て、2007年東京大学大学院農学生命科学研究科農業資源経済学専攻単位取得退学(途中、高知県梼原町地域振興アドバイザーとして1年間赴任)。(財)とっとり政策総合研究センター、(独)農研機構農村工学研究所を経て2011年より現職。博士(農学)。農山村地域の持続発展策、道州制など地方自治制度に関する研究を行う。近著に「『人口減少社会』の罠」(「世界」9月号、岩波書 店)、「地域は消えない―コミュニティ再生の現場から」(岡崎昌之編・全労済協会監修、日本経済評論社)など。

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