47NEWS >  ちょっとだけ47行政ジャーナル >  過疎集落が消滅するとどうなるのか―風説で農村を守ることはできない 横浜国立大学大学院環境情報研究院 林 直樹

ちょっとだけ47行政ジャーナル

新着

過疎集落が消滅するとどうなるのか―風説で農村を守ることはできない 横浜国立大学大学院環境情報研究院 林 直樹

2012/10/29/ 14:10

1 はじめに

 天変地異とは関係なく、人口の自然減少によって、わが国の山間地の集落の一部、「限界集落」と呼ばれるような辺地の集落が消滅しようとしている。本稿では、消滅の可能性のある山間地の集落のことを「過疎集落」と呼ぶ。その集落の出身者(離村した住民のこと)にとって、ふるさとの消滅は、とてもつらいことである。また、出身者でなくても、わが国の原風景が失われることをさびしく思う人は少なくないはずだ。筆者もまったく同じ思いである。

 さて、これに関連して、最近、「過疎集落の農地が消滅すると食料が不足する」、「下流部で大洪水が多発する」といった風説を聞くようになった。下流の都市住民のなかには、不安を感じている人も少なくないと想像する。結論からいえば、これらは誇張であり、「風説」と書いたように真実ではない。しかし、「まったく問題がないのか」と問われれば、答えは「ノー」である。

 本稿では、国全体に対する過疎集落の消滅の影響について検討する。むろん、風説を否定するだけではない。ただし、論点はあくまで過疎集落が消滅したあとの広域的な影響であって、消滅前の問題、例えば、高齢者の福祉の問題、獣害の問題などには触れない。

gra10JPG.JPGhyou7.JPG
消滅の可能性のある集落の現状
※出典 総務省地域力創造グループ過疎対策室『過疎地域等における集落の状況に関する現状把握調査結果の概要』2011




2 食料は不足しない


 はじめに、「過疎集落の農地が消滅すると食料が不足する」から検討する。この場合の「食料」は、直接的に命にかかわる食料、実質的にはコメと考えてよいであろう。「食料不足」といったとき、キノコやキャベツの不足を想像する人はいないはずである。食料の内容を「コメ」とすれば、結果は明らかだ。わが国には、水田でありながら、水田として使用されないものが非常に多い。むろん、これは減反政策の「成果」である。過疎集落の水田が消滅しても、そのほかの水田が無事であれば、コメ不足に陥る可能性は低い。

 念のため、数字で確認しておく。農林水産省の平成23年耕地及び作付面積統計によると、平成23年の田の面積は23,340平方キロ、水稲の作付面積は16,320平方キロであった。単純な計算であるが、7,020平方キロ(=23,340-16,320)の水田が失われても、コメが不足する可能性は低い。

 少し古いデータとなったが、2000年世界農林業センサスによると、山間農業地域(いわゆる「山間地」とみなしてよい)の1集落当たりの田の面積は、わずか0.106平方キロであった。仮に、山間農業地域の全集落、23,736集落(2000年世界農林業センサス)が消滅しても、それにともなって失われる田の面積は、2,516平方キロ(=0.106×23,736)である。つまり、山間農業地域の集落が全滅するという最悪のケースを想定しても、そのほかが健在であれば、コメが不足する可能性は低い。


3 下流部で大洪水は多発しない


 次は「下流部で大洪水が多発する」について検討する。農地は一時的に雨水を貯留することで、洪水を防止しているといわれる。日本学術会議・三菱総合研究所によると*、農地の洪水防止機能の貨幣評価は、3兆4988億円/年という途方も無い金額にのぼる。

sugi4.JPG
無人集落の廃屋。積雪によって自然に倒壊した
ものと思われる

youhu3.JPG
雑草に覆われた耕作放棄地。このまま放置すれば
森林に戻る


 「過疎集落の農地が消滅すると、下流部で大洪水が多発する」という風説の起点は、おそらくここであろう。しかし、この貨幣評価は、「コンクリートで塗り固めたようなまったく雨水を通さない架空の土地」を基準とするものである。洪水防止の点からみれば、まさに最悪の状態である。

 わたしの感覚では、「農地の洪水防止機能が途方も無く高い」というより、「評価の基準が途方も無く低い」というほうが適切である。わが国の場合、放棄された水田は、長い時間をかけて森林に戻る。「水田が消滅すると、どうなるか」という議論であれば、森林を基準とする農地の洪水防止機能をみるべきであろう。

 筆者の試算によると*、それは373億円/年であった。そして、山間農業地域の1集落の農地が失われた場合の洪水防止機能の損失額は、16.7万円/年と試算された*。この試算が正しいとすれば、仮に、山間農業地域の集落の農地が全滅しても、それにともなって低下する洪水防止機能は、39億6千万円/年(=16.7万円×23,736)である。この程度であれば、現在の防災関係予算で十分に対応できる。

 なお、平成24年版防災白書によると、わが国の平成21年度(東日本大震災の直前の年度)の防災関係予算額は、2兆1702億円であった。つまり、過疎集落の農地の消滅が原因となって、下流部で大洪水が多発する可能性は低い。

 また、「大洪水が多発する」については、「放棄された人工林が『はげ山』のような状態になって、下流部で大洪水が発生する」という奇妙な風説もある。人工林が放棄されても、別に「はげ山」にはならない。長い時間をかけて天然林に戻るだけである。長期的・広域的にみると、洪水防止(緩和)機能は、ほとんど低下しないと思われる*。なお、わが国で昔、はげ山が多く見られたことは事実であるが、その原因は過度の森林伐採であって、人工林の放棄ではない。



4 生物多様性は低下するが深刻な問題にはならない

 

 「過疎集落が消滅すると生物多様性が低下する」という主張は正しい。ただし、この場合の生物多様性の低下は、大規模な開発や工業排水による自然破壊とは、まったく異なる。過疎集落での生物多様性の低下について、簡単に説明する。

 わが国では、森林だけでなく、草地や湿地など、多種多様な「自然」が見られる。しかし、草地や湿地などの多くは、農業の副産物であって、完全な自然ではない。過疎集落の農業が消滅すると、一帯は森林に覆われる。つまり、草地や湿地などの生き物は、行き場を失うことになる。なお、このような形で森林に変化することを専門用語では「遷移」という。例えば、維管束植物の絶滅危惧種の場合、遷移によって個体数が減少した種の割合は、28%である*

 しかし、わたしは、この状態が「人間にとって危険である」とは思っていない。確かに、農業の消滅によって草地や湿地などの生き物の一部が失われるが、現実は、単に森林に覆われるだけである。「さびしい」といった感情的な問題はさておき、それが現在の人間の生活を直接的に脅かすとは考えにくい。ただし、「まったく問題はない」と主張するつもりもない。例えば、一部であっても、遺伝子資源が失われた場合、品種改良や薬品開発が遅れる可能性はある。



5 民俗知の喪失は深刻な問題


 「民俗知」といっても、その内容は多岐にわたる。この場合、喪失することが深刻な問題になるものは、祭りや建物などではなく、山野の恵み(食料やエネルギーなど)を持続的に引き出す技術、例えば、伝統的な焼き畑の技術*などである。このような「技術」は、一度失われると、再現することは非常に困難である。

 もっとも、この「技術」が失われても、それだけでは誰も困らない。しかし、これを食料などの大量輸入が難しくなったときのための社会的な「保険」と考えると、深刻な問題となる。ここで、「保険」という例えを用いたことには、ふたつの重要な意味がある。第一に、保険は万が一に対する備えである。実際のところ、食料が輸入できなくなる可能性は非常に低い*。第二に、毎年・毎月の保険料で家計が傾くような保険に加入することはできない。国民全員で保険料を負担するとしても、それによって財政が圧迫されるようなことがあってはならない。



6 土壌の流出は重大な問題となる可能性がある


 そのほか、放棄された急傾斜のヒノキ林での土壌の流出も重大な問題となる可能性がある。土壌も、一度失われると取り戻すことが難しいもののひとつである。ただし、下流も含めて全体的にみれば、「ある程度」の流出が必要という意見もある*。つまり、土壌の流出があったとしても、ひとくくりに問題であるとはいえない。



7 おわりに


 以上、これですべてではないが、風説を含め、国全体に対する過疎集落の消滅の影響について検討した。ただし、はじめに記したように、消滅前の問題には触れていない。前述の風説につづく主張は、だいたい決まっている。それは「都市住民は弱体化した農村を支援すべき」、「財政面で農村を手厚く保護すべき」である。しかし、そのような風説で危機をあおっても、いずれはめっきがはがれる。かえって国民の信頼を失うことになるであろう。

 ただし、「よくわからないが、なんとなく大切である」でも世は動かせない。真に農村を守りたいなら、「農村のどこが、どの程度大切なのか」を熟考すべきである。さらなる検討が必要であるが、守るべきものは民俗知、民俗知を持った人材、流域全体(水循環からみた圏域)の土壌であると、わたしは考えている。

 ◇       ◇       ◇ 

<注>

*1 三菱総合研究所『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価に関する調査研究報告書』(日本学術会議『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申)』の関連付属資料)2001
*2 林直樹(電力中央研究所)『土地利用の変化が農林業の多面的機能に与える影響(電力中央研究所報告、研究報告:Y11020)』電力中央研究所、2012
*3 林直樹「過疎集落の消滅による防災関連支出の増加」『平成24年度農業農村工学会大会講演会講演要旨集』pp.114-115、2012
*4 厳密には「遷移等」となっている。環境省・生物多様性総合評価検討委員会『生物多様性総合評価報告書』環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性地球戦略企画室、2010
*5 永松敦「地域固有の文化の消滅―山村における生業を中心に」『撤退の農村計画―過疎地域からはじまる戦略的再編(林直樹・齋藤晋編)』学芸出版社、pp.36-44、2010
*6 川島博之『「食料自給率」の罠―輸出が日本の農業を強くする』朝日新聞出版、2010
*7 太田猛彦『森林飽和―国土の変貌を考える』NHK出版、2012


<略歴>
林 直樹(はやし・なおき) 72年広島県生まれ。京大大学院農学研究科
博士後期課程修了、博士(農学)。
09年9月から横浜国立大大学院産学連携研究員。
共著に「撤退の農村計画」(学芸出版社)。

47行政ジャーナルのご購読はこちらへ
最新記事
シティプロモーション・ふるさと発信